INTERVIEW葉っぱの形から植物と環境の関係を探る

京都産業大学 生命科学部 教授

木村 成介

2021.3.29

自然界にはいろいろな形をした植物が生育している。葉っぱひとつをとってみても、丸いものからギザギザのものまで様々であることに気づく。移動することができない植物は、周囲の環境に適応するために多様な形に進化してきた。葉の形も環境との関係の中で多様に進化してきたと考えられている。そんな葉の形に着目し、植物と環境の関係を明らかにしようとしているのが木村成介教授の研究グループである。木村教授は、植物や種間や品種間に見られる葉の形の多様性について、その遺伝的な背景についての研究に取り組んできた。最近は、水草や水陸両生植物が環境によって葉の形を自在に変えるしくみ(異形葉性)について最新技術を駆使して研究し、植物の形の多様性を、発生・生態・進化という3つの観点から理解しようとしている。そもそも葉の形の違いにどのような意義があるのだろうか?葉の形の違いはどのような仕組みで生まれるのだろうか?葉の形から何が分かるのだろうか?葉の形の研究の魅力と可能性について聞いた。

植物好きだったわけではない

実は、学生時代は高校の先生になろうと思っていて、明確に研究者になりたいと思ったのは大学4年生くらいのときなんです。また、植物にもほとんど興味がありませんでした。なので、なぜ植物の研究者になろうと思ったか聞かれると答えに窮します。なんとなく流れでなった、としか言いようがありません。恥ずかしい話ですが、今でも植物にはあまり詳しくありません。

小さい時から図鑑を見るのが好きで、理科や科学も好きな子供でした。ただし、なぜか鳥が好きだったくらいで、虫も嫌いだし、植物にも興味がないで、特に生き物好きだったわけではありません。本格的に生物に興味をもったのは高校で生物の授業を受けたときからです。通っていた高校には生物の先生が2人いて、一人の先生は遺伝子の機能などついて分かりやすく教えてくれましたが、その生命の精緻さに衝撃を受けました。またもう一人の先生は蝶好きの変わった人で、授業を休んで蝶の採取に行ってしまうような先生でした。その先生が蝶の話を楽しそうにしているのを聞いて、生物を勉強してみるのも面白そうだなと思ったのを覚えています。その2人の先生の影響を受けて、生命科学系の学部に進学しました。

大学に入ってからは、合気道部に入って、毎日合気道ばっかりやっていたのですが、もちろん生命科学は好きでしたし、高校の先生の影響を受けて進学先を決めたこともあり、将来は高校の先生にでもなろうか、とぼんやり思っていました。

でも植物研究にハマった

卒業研究をする研究室は、ほぼ先生の人柄で決めました。その先生の授業が面白くて、配属先を決めましたが、その後大学院、助手と10年間お世話になることになります。DNA複製、修復、組換えに関わる酵素の精製や性状解析をしている研究室で、酵素を精製する材料として、ショウジョウバエ(動物)、ウシグソヒトヨタケ(担子菌)、カリフラワー(植物)を使ってました。

私は、特に理由なく植物チームに配属され、カリフラワーからDNA複製や修復に関わる酵素を精製して性状解析をするというテーマで研究を始めました。毎日のようにカリフラワーの表面(花序分裂組織)を削って、すりつぶして、酵素を精製する、みたいなどんくさいことをしていましたが、研究の面白さにハマってしまいました。その後、大学院に進学し、イネなども研究対象として植物のDNA複製や修復の研究で学位を取ります。なので、研究を始めた時から、ずっと植物の研究をしています。ただし、植物好き人間ではありません。鳥のほうが好きです。

留学先で葉の形の研究に出会う

大学院を卒業してから、助手としてしばらく研究していたのですが、植物のDNA複製とか修復の研究にもいい加減飽きてきたし、恩師の先生は海外生活が長い人で、学生たちには「君たちは絶対に海外に行け」といつも言っていたこともあり、とりあえずアメリカに研究留学することに決めました。ただ、今までやっていた研究は続けたくないので、アメリカで学位をとった知り合いに留学先として良いラボがないかを聞きました。そうしたら彼女がカリフォルニア大学デービス校のラボを強く薦めてくれたので、応募してみることにしました。その研究室は葉の形のエボデボ(進化発生学)で有名なラボで、そこで初めて葉の形の研究を始めました。

ガラパゴス諸島に固有の野生種トマトの一種Solanum cheesmaniae
(左)とSolanum galapagense
(右)の葉の形態。

アメリカでは、ダーウィンが見つけたガラパゴス諸島に固有の野生種トマトの葉の形態多様性の遺伝的背景の研究をしていました。研究していたSolanum cheesmaniaeSolanum galapagenseという2種の野生トマトは、異なる生育環境に適応した結果、葉の形に多様性が生じています。遺伝子地図を使って葉の形を決めている原因遺伝子を探したのですが、シロイヌナズナのようにゲノム情報が整っていなかったので、とても苦労したのを覚えています。

奮闘の結果、PTSと呼ばれる新規のKNOX1遺伝子に変異を見つけました。KNOX1というのは遺伝子発現の調節をする転写因子をコードする遺伝子で、植物の発生の様々な過程に関わっているとても有名な遺伝子です。これは、植物の種間にみられる葉の形の違いの原因を遺伝子レベルで明らかにできた世界で最初の研究でした。葉の形態の進化の原因を遺伝子レベルで明らかにしたということで、比較的注目される研究成果をあげることができました。

今考えると、よく全く違う研究分野でアメリカに行ったなと自分でも感心します。植物の発生についての知識がほとんどないどころか、専門用語さえよく分からないので、渡米前に必死に勉強したのを覚えています。技術的にも生化学・分子生物学から遺伝学に変わったりして、いろいろ大変でしたけど、視野も広がったし、何よりとても楽しく研究ができました。アメリカでの研究生活は、とても貴重な経験だったと思います。

カリフォルニア大学デービス校のトマト温室にて

異形葉性の不思議

水草や水陸両生植物にはよく見られる性質なのですが、生育環境によって発生する葉の形を変えることを異形葉性といいます。私が現在、力を入れて研究しているのが北米原産のアブラナ科植物Rorippa aquaticaです。この植物は、湖の周りなどの水辺に生育している植物で、気中でも水没しても生育できる水陸両生植物です。R. aquaticaは、生育環境によって発生する葉の形を大きく変えます。気中で発生する葉の葉身は幅広である一方、水中では針状に変化し、また、気孔の形成も抑制されます。水没に応答して葉の形を変化させることで、水の流れを受け流したり、ガス交換の効率を上げていると考えられています。

R. aquaticaは、生育環境によって発生する葉の形を大きく変える。気中で発生する葉の葉身は幅広だが(左)、水中では針状に変化する(右)。

異形葉性は、葉の発生プログラムに関与する遺伝子群の発現部位や量が、環境変化に応答して変化することで起こると考えられ、植物のダイナミックな環境応答統御システムを理解する上で興味深い現象です。私の研究室では、R. aquaticaのゲノム配列を解読し、トランスクリプトーム解析(遺伝子発現解析)を駆使することで、異形葉性の分子メカニズムを明らかにしようとしています。

植物が水没を感知するしくみ

最近の研究で、R. aquaticaは様々な環境シグナルを複合的に統御して水没を感知しながら、素早く応答していることが分かってきました。まず、植物が水没すると、植物ホルモンのエチレンが植物組織に蓄積します。エチレンはガスですので、水没すると拡散しづらくなるためだと考えられています。R. aquaticaの場合も、トランスクリプトーム解析の結果から、水没するとエチレンシグナルが活性化していることが分かり、またエチレンの添加で葉の形が水中葉に近くなることから、エチレンの蓄積が水没応答を開始するのに必要なことが分かりました。

研究室にあるアクアリウム。R. aquaticaも育っている。

また、光も重要なシグナルとなっていて、面白いことに暗所で水没させても水中葉が誘導されません。水没しても光が存在しないと、水中葉はつくられないような仕組みがあるようです。加えて、この植物は気中であっても温度変化に応答して葉の形を変えることが分かっています。低温で生育すると葉の形が、水中葉に近くなるのですが、その意義やメカニズムやまだよく分かっていません。他にも乾燥応答に関わるアブシシン酸や、葉身の伸長などに働くジベレリンも関わっていることが分かってきています。

水没などへの環境変化に対する遺伝子発現応答は数時間以内に起こっていて、かつ可逆的です。水辺は、水没と露出を繰り返す変動環境なわけですが、水陸両生植物であるR. aquaticaは、さまざまな環境シグナルを統合的感受し、素早く、かつ柔軟に処理する能力を獲得することで、変動環境にうまく適応しているのだと考えられます。

葉の形の研究から分かること

植物の葉は、光合成のための光を集める器官で、まさに植物の命を支えている屋台骨です。葉の形は、こういう形になれば光を受けやすいとか、ああいう形になればガス交換をしやすいといったように、さまざまな形に進化したのだと考えられています。葉の形の多様性を研究することで、植物が地球上のさまざまな環境にどのように適応しているのかが分かるかもしれません。また、異型葉性は、植物が変動する環境にいかに巧みに適応しているかを示す好例だと思っています。異形葉性の研究をすることで、植物と環境の関係について新たな知見が得られるのではないかと考えています。

生命科学を変えた次世代シーケンサー

次世代シーケンサーというのはDNAの配列を解読するための機器ですが、「次世代」という名前がついている通り、従来のDNA配列解読装置とは比べ物にならないくらい大量のDNA配列を解読する装置です。私が学生の時にヒトゲノムプロジェクトが進められていましたが、当時はヒトのゲノムを解読するには世界の力を結集しても10年以上かかりましたが、現在では、2晩くらいあれば私の研究室でも解読できてしまいます。2000年代にこの装置が登場して、生命科学は大きく変わり、ゲノムの解読やトランスクリプトーム解析が比較的簡単にできるようになったのです。

ポスドクをしていたカリフォルニア大学デービス校には、ゲノムセンターという研究所がありました。ゲノムセンターのシーケンスファシリティーには、イルミナ社(当時はSolexa社)の次世代シーケンサーが置いてあって、学内の共同利用設備として使用できました。トマトのトランスクリプトーム解析に取り組みましたが、当時は植物のトランスクリプトーム解析が行われた例がほとんどなく、ライブラリの作成や解析も手探りで進めていました。その時の経験が今の研究に活きています。縁があって所属している京都産業大学にも次世代シークエンサを設置することができたため、これを駆使して研究を進めています。非モデル植物(変な植物)のトランスクリプトーム解析については、おそらく日本で1番か2番目にたくさんやっていると思います。

京野菜から虫こぶまで

葉の形の関係では、植物の種間や、野菜の品種間にみられる葉の形態の多様性の遺伝的背景の解析などをしています。最近、京野菜の水菜のギザギザの葉の形から、壬生菜の丸い葉の形への変化が、カブの交配により起こったことを明らかにするなどしました。

水菜と壬生菜の葉の形の多様性。水菜(左)、水菜と壬生菜の交配種(中央)、壬生菜(右)。

また、植物の再生の研究にも取り組んでいます。R. aquaticaは葉の断面から再生により栄養繁殖するという面白い性質をもっています。なので、やはりトランスクリプトーム解析や、再生しない近縁種との比較トランスクリプトーム解析により再生に必要な遺伝子の同定などを試みています。

R. aquaticaは、葉の断面から再生により栄養繁殖する。

比較的最近始めた研究で面白くなってきたのが「虫こぶ」の研究です。虫こぶは,アブラムシなどの虫こぶ誘導昆虫が,植物の葉や茎などに寄生して作る特異な器官です。虫こぶ誘導昆虫は、植物の発生プログラムを操作(異種操作)していると考えられるので、昆虫研究者との共同研究で、虫こぶ形成の分子メカニズムの研究をしています。自然界には数十万種と言われるほど多種多彩な虫こぶが観察されるので興味がつきません。

私は、一貫して植物の研究をしてきましたけど、研究内容も研究材料もちょこちょこ変わっています。これまでに大発見ができたわけでもないのですが、その時その時で「それ面白いね」と言ってもらえるような研究をできたかなと思っています。これからも面白い現象を見つけたらダボハゼの如く食らいつき、学生さんたちと一緒に新しい研究を展開していきたいです。

この記事について

構成協力 天野 瑠美 / 撮影 松林 嘉克

木村 成介 プロフィール:
1996年 東京理科大学理工学部卒業。東京理科大学大学院理工学研究科にて博士(理学)の学位を取得。東京理科大学助手、カリフォルニア大学デービス校ポスドク、京都産業大学准教授を経て、2016年より現職。