INTERVIEW植物の空間コミュニケーションから生命の神秘を紐解く

東京理科大学 先進工学部 教授

有村 源一郎

2021.3.31

植物の香りは、植物が他個体や他の生物種と空間コミュニケーションを図るための重要な情報ツールである。花の香りは送粉者に花の存在を知らせ、害虫に被食された植物の葉から放出される香りのブレンドは害虫の天敵を誘引することができる。害虫の天敵には、捕食者や、害虫に寄生して宿主である害虫を殺してしまうものがある。それらは決して植物を守るために害虫を攻撃するわけではないが、結果として植物を守るボディガードとしての役割を担うことになる。また一方で、被食植物から大気中に放出された植物の匂いは、近隣の未被害植物の防御力を高めることも知られる。匂いに応答した近隣植物では、防御遺伝子の活性化や防御物質(二次代謝産物)が生産され、病害虫に備えることができる。この現象は植物間コミュニケーション(talking plants)と呼ばれる。このように、被食された植物における匂いを利用した防衛戦略は精巧で興味深いが、これらが分子レベルで紐解かれはじめたのはごく近年のことである。今回、その先駆者にインタビューした。

匂いを介した植物のコミュニケーションに興味を持ったきっかけは?

花と蝶の相互作用のように、植物を介した生物間コミュニケーションは身の回りに当たり前にある光景なので、それが研究分野としてあること自体、以前は考えることもありませんでした。学生時代に植物の生理学に関する研究に携わっていた私は、その後ポスドク(研究員)として国内のある化学生態学の研究室に所属することになりました。その研究室には私の大学院学生時代の恩師の紹介で就職させて頂いたのですが、この選択が以降の私の研究生活に多大な影響を及ぼすことになりました。

当時の研究室では、害虫に被食された植物から放出される匂いが他生物とコミュニケーションを図るためのツールとして機能する事象を、化学生態学(化学物質が介する生物の生体や行動に関する研究分野)の視点で研究することを生業としていました。中でも特に力を注いでいた現象が、害虫に被食された植物から放出される匂いが害虫の天敵を誘引する間接防御と言われるものです。この防御は、被食された植物が匂いをSOSシグナルとして大気中に放出することで肉食性の昆虫や寄生蜂といった“害虫の天敵”を誘引することから、毒物質などを用いた防御とは異なる間接的な防御として機能しています。

アブラナ科植物を食害するコナガの幼虫(左)とコナガの寄生蜂であるコナガサムライコマユバチ(右)

これらの天敵の誘引には、特異的な匂いのブレンドの放出が重要で、例えば、コナガに被食されたアブラナ科植物からは特殊な組成の匂いブレンドが放出され、コナガのスペシャリスト天敵であるコナガサムライコマユバチ(寄生蜂)を誘引することができます。同様に、ハダニに被食されたマメ科植物から放出される匂いはハダニの天敵であるカブリダニを特異的に誘引します。まさに、“敵の敵は味方”というわけです。

植物の匂いには他にも機能があるのですか?

植物から放出される匂いは害虫の天敵を誘引する以外にも、他の植物とのコミュニケーションにも利用されます。この現象は、害虫に食害された植物から放出される匂いが近隣の未被害植物の防御応答を活性化するもので、あたかも植物が匂いを用いて会話するようであることから“talking plants”とも呼ばれています。植物間コミュニケーションの最初の発見は、人工的に傷つけられたポプラや楓の木の近くの健全な同種木で防御応答が活性化されるというものでした。この報告では、匂いが植物間コミュニケーションのツールであることが実験的に証明されたわけではありませんでしたが、離れている2本の木の間で大気を介した何らかの情報交換が行われたことは間違いないことから、植物から放出される揮発性物質がそれを担うシグナルとしてはたらいている可能性が示唆されました。

私が植物間コミュニケーションに関する研究に携わるようになったのはその報告から10年以上経ってからでしたが、その頃には遺伝子などを解析するための様々な分子生物学的手法や匂いを解析するための生化学的な解析技術が確立されていました。私たちはこれらの技術を活用して、リママメというマメ科植物がハダニに被食された際に放出される匂いが、近隣の未被害リママメ葉の防御遺伝子を活性する現象を見出すに至りました。それ以前は、植物間コミュニケーションを実験的に実証できないケースもあったことから、その現象自体を否定する考えもあったのですが、私たちの発見を皮切りに、植物間コミュニケーションに関する研究が再燃し始めました。

ハダニに被食されたリママメから放出される揮発性化合物は健全リママメ葉の防御遺伝子を活性化する

海外での研究生活も楽しまれたそうですね

植物のコミュニケーションに関する研究を立ち上げてから数年経って、海外に留学することになりました。その間、植物の間接防御や植物間コミュニケーションの担い手である匂いの生合成や制御メカニズムならびに植物の防御応答を誘導するための分子を明らかにすることに取り組んでいました。それらの研究テーマは今もなお継続しています。その集大成として、近年、ハダニやヨトウガといった害虫の唾液因子(エリシター)が植物の匂いや防御応答を誘導することを発見し、さらに植物が如何にそれらのエリシターを認識するかといったメカニズムも紐解かれつつあります。

留学はまず、カナダのバンクーバーで、次にドイツのイエナという旧東ドイツの街でした。バンクーバーに滞在する以前は英語もほとんど喋れなかったので、正直色々と苦労もありました。しかし、バンクーバーは日本人も多く、世界で最も住みやすい都市ランキングでも常に上位に位置する都市で、海外初心者にはとても良い街でした。その間、もちろん研究もがんばりましたが、私生活やバンクーバーの自然も十分に楽しんだと思います。

一方で、ドイツでの生活は北米のものとは全く異なっていました。私生活においては、ヨーロッパは鉄道が発達しているため、周辺の国々の教会や古城などを巡ることを楽しみました。ベタですけど、ロマンチック街道のローテンブルグとノイシュヴァンシュタイン城は本当に良かったです。また、クリスマスマーケット(ドイツ語でWeihnachtsmarktと言います)は本当に楽しみで、クリスマス前はイエナや周辺の町でホットワインを堪能しました。ドイツでの研究の場は、マックスプランク研究所という国立の研究所でした。そこでは、スタッフや研究員以外にも、博士課程の学生も多く、大学と同じような環境で研究を続けることができました。私のグループはドイツ人、イタリア人、インド人と多国籍で成り、帰国後も外国人とは縁があって、私の研究室はインターナショナルな環境が続いています。

ノイシュヴァンシュタイン城とエアフルト(テューリンゲン州の州都)のクリスマスマーケット

帰国後はどのような研究を展開されましたか?

留学中は植物の防御応答や匂いの生合成に関する研究を中心に行なっていたため、植物の間接防御や植物間コミュニケーションに関する研究はストップしていました。しかし、私がこの研究分野を離れている間に、植物間コミュニケーションの意義や進化的な背景などが議論され始めていました。私が植物間コミュニケーション研究を立ち上げた当初は、植物間コミュニケーションとは、動けない、しゃべれない植物が近くの植物に害虫の危険信号(SOS)を発信する生態系の現象であると考えられていたのですが、その場合の匂いの出し手のメリットが疑問視され始めていたのです。つまり、“この現象は本当に双方のコミュニケーションと呼べるのか“といった議論がなされ、植物間コミュニケーションを、より一方的な情報伝達手段として“匂いの立ち聞き”現象と呼称する研究者も出てきました。また、植物間コミュニケーションの有効な距離は数十センチ程度であることも明らかにされ、植物間コミュニケーション(匂いの立ち聞き)とは、害虫に食害された植物が同一個体内の未だ食害されていない部位に危険を伝えるための個体内における情報伝達、もしくは比較的近距離で群生を形成する植物が自身の近縁者のみを守るためのコミュニケーションである考えが固定されつつありました。

ダイズ葉の防御応答を活性化する匂い成分を出すミント(キャンディミント)の葉

こういった学術的な背景の中で、帰国後に私は、これまでにない植物間コミュニケーションのあり方(意義)を問うことに興味をもち、ミントのような香草が放つ香りが農作物の防御力を高めることができるかについて解析することにしました。この研究を始めたのは、植物間コミュニケーションの生理的な意味を度外視して、強烈な匂いを放つ植物であれば異種間であっても植物間コミュニケーションを引き起こせるのではないか、またそれが事実であれば、この現象は農作物の害虫防除に活用できるのではないかと考えたからです。そして一連の研究の結果、ミントの香りをもたないダイズやコマツナなどの植物であっても、ミントの香りを嗅ぐと防御応答が活性化されることが判明しました。当然、この現象が植物の生存や進化にどのように貢献するかを知る術は現在のところありませんが、少なくともミントの香りは害虫防除に役立つことが実証されたのです。我々ヒトも、全く嗅いだ経験の無い匂いに対して好き嫌いを示すように、植物にもそのような嗜好性が潜在的にあるのかもしれません。

植物から放出される匂いの研究の今後は?

私が目指すものは応用研究ではないのですが、やはり仕事として研究を行なう以上、私たちの生活に還元される何かが要求されるものです。元来は植物の不可思議な神秘やそれらの背景にあるメカニズムに魅了されて研究者になったわけですが、植物のコミュニケーションに関する事象は農薬を使用しない有機農業の開発につながるため、最近では応用を意識した研究にも多く携わるようになってきました。上で述べたミントを用いた植物間コミュニケーションの研究もその一つです。また最近では、ヒトの健康に役立つ香り成分サプリメントの開発なども行なっています。そこでは動物を使った実験も行っていますが、そのような色々な経験ができるのは実に一興です。今後は、いろいろな生物の材料を使って、基礎と応用研究を両立させていきたいところです。

研究者という仕事の魅力は?

私が植物科学専門職に就きたいと思ったのは、大学に入学したあたりからです。ですので、幼少時の面白いエピソードは持ち合わせていません。もしかしたら、別の道もあったかもと思うこともありますが、これまでのところ後悔はしておりません(まだ、人生を振り返る年ではないと思いますが)。北米やヨーロッパにも数年滞在したり、国際学会や共同研究で色々な国に訪れたりする機会があるのは研究職のメリットだと思います。逆に研究者のたいへんな点は、若いときは定職でないことが多いことだと思います。私も現職に着任するまでは任期就きの職であったため、様々な研究機関をわたり歩きました。しかし思い返してみると、そこで色々な体験ができたことや、任期があることで頑張ってこれたと自負しています。自分が本当に好きなこと、楽しいと思うことを職業とできることは大変幸運なことだと思っています。今後も、共感する若い学生さんを応援していきたいですね。

この記事について

構成協力/撮影 松林 嘉克

有村 源一郎 プロフィール:
1995年 広島大学理学部卒業。広島大学大学院理学研究科にて博士(理学)の学位を取得。京都大学研究員、ブリティッシュコロンビア大学(カナダ)研究員、マックスプランク研究所(ドイツ)研究員、京都大学准教授を経て、2013年より東京理科大学准教授、2019年より現職。