INTERVIEW未知のシグナルで探る植物の内面美の世界

名古屋大学 理学部 生命理学科 教授

打田 直行

2021.4.6

植物を見てその造形の美しさや可憐さに心を和ませる人も多いだろう。しかし、植物の体の中には、その見た目以上に美しい世界が潜んでいる。その内面の美しさとは、整然と配置された様々な細胞たちが織りなす秩序だったパターンである。細胞を秩序よく配置するためには、離れた細胞同士が情報をやり取りし連絡を取り合う必要があるが、この過程で情報として行き交う物質を、情報(シグナル)を伝える分子という意味で「シグナル分子」と呼ぶ。打田直行教授のグループは、役割が解明されていない未知のシグナル分子群の働きに着目することで、植物の内側で美しい秩序が生み出される仕組みに迫ろうと研究を進めている。その研究の魅力とそこに至る経緯を聞いた。

薬学部で学んだ化学と生物学の接点

数学や化学、物理を学ぶとボルツマン定数とかプランク定数のような様々な定数が出てきますが、自然の原理原則の中にそういう謎の数字が出てくるのがすごく不思議で、大学では自然の成り立ちを定数と数式で記述しようとする理論物理を学びたいな、とそもそもは考えていました。そのように理屈で世界を捉える理論物理に比べて、生物学はというと、生き物という捉えどころの無い曖昧なものを対象にしているように思えて、どちらかと言うと避けていました。

しかし、大学の教養課程の途中でふと、曖昧に見える生き物も実際は物質でできているし、物質は物理や化学の法則に従うはずだ、ということに思い至りました。物理法則や化学反応がどうやって曖昧な生き物を作り、また、動かすのだろう?曖昧な生き物の中で作動する物質的・化学的な側面とは具体的には何だろう?と興味が湧いたのです。そこで、専門課程は、化学物質と生き物の接点を対象とする薬学を選びました。

薬は不思議な化学物質です。頭が痛い時も、アレルギーが出た時も、それぞれの症状に適した薬を飲むと症状がおさまりますよね。生き物の中で作動する現象を1つの化学物質だけでうまく調節できるのは、まるで魔法です。しかし、その魔法を実現させているものは、曖昧ではない筋の通った理屈であることを薬学で知りました。この理屈を薬学では作用機序と呼びます。薬の作用機序を理解することは、生き物の中で起こっている現象の作動原理を理解することと表裏一体なのです。

それぞれの薬に作用機序があるわけですが、それら作用機序に最も多く登場するのが「シグナル分子」と呼ばれる様々な物質でした。シグナル分子とは、体の一部から分泌され他の部位の機能を調節するための命令や情報(シグナル)として働く物質の総称です。薬の作用機序を知れば知るほど、動物の体をコントロールする仕組みの要がシグナル分子であるように思えてなりませんでした。

薬学から植物科学へ

薬学部では動物のシグナル分子が働く仕組みを研究する研究室に入り、博士後期課程まで色々と見聞きする中で、最初は曖昧に感じていた生き物をずいぶんと理解した気分になりました。ただ、その時に理解した気になった生き物とは、動物のことでした。実はそれまで、植物はコンクリートと同じような風景の一部にしか見えてなかったんです。

でも、大学構内を散歩すると分かるように、この世界は植物に溢れています。風景の大部分を占めるのは植物なんですね。動物のことを学ぶうちに、何だか不思議そうな生き物である植物にも、動物とはまた違った面白さがありそうに感じて、妙に新鮮な好奇心がかき立てられるようになりました。木なんかは固くて動物と同じ生き物には思えませんが、生きているなら、生きるための仕組みが動いているはずです。

そこで、薬学で博士号を取得した次の進路として、植物の研究をすることに決めました。せっかく研究分野を大きく変えるのなら環境も大きく変えようと外国に行くことに決め、植物科学分野で世界的にも有力研究機関の1つであるカリフォルニア大学デービス校の博士研究員(ポスドク)として植物の研究を始めました。

普遍性と多様性とが織りなす植物の美しさ

入った研究室では、植物の形の多様さを遺伝子の働きと進化の視点から理解することを目指していました。研究室が管理している温室ではいろいろな植物が育っていて、植物には種ごとに多様な形と美しさがあることを改めて知りました。この研究室では、葉の形の多様さを題材に、植物の形作りの中心には進化の中で生まれた共通の仕組みが存在すること、そして、その共通の仕組みの使い方を少しずつ変化させることで種ごとの多様な形が生まれること、などを既に明らかにしていました。私は、その変化具合を種ごとにうまく調節するために進化の中で植物に備わった仕組みを研究しました。

通常の植物(左:研究によく用いているシロイヌナズナ)に比べて、進化を通じて葉の形の調節を担うKNOX1遺伝子の転写がほんの少し変化するだけで葉の形が大きく変化する(右)。

その後、帰国して大学の助教となり、数年後に名古屋大学へ移って今に至るのですが、今は、アメリカで知った植物の美しさに、学生時代に一番の興味を持っていたシグナル分子の視点から新たに迫りたいと思い、研究しています。

植物成長を支える未知のシグナル分子

高校や大学で生物の授業を受けた人は、植物ホルモンのことを聞いたことがあると思います。古くから、植物の中でつくられる8種類の物質が植物ホルモンとして知られていて、例えば、植物の根の成長を調節するオーキシンや、種無しブドウを作る時に利用されるジベレリンは有名です。植物ホルモンは植物の代表的なシグナル分子として数十年にわたって研究が進められてきました。

通常のシロイヌナズナ(左)にオーキシンを外から与えると、根が短くなり、また、根の枝分かれが増える(右)。

植物も、動物と同じように、体の中で非常にたくさんの様々な種類の細胞が互いに協力しあって生きています。細胞と細胞の間では多くの情報が行き交っているはずです。しかも、相手のところまで移動して情報を直接伝えることが可能なケースもある動物細胞とは違い、植物の細胞はしっかりした細胞壁に固められていて動けません。離れた細胞同士が動けないまま情報をやり取りするには、細胞と細胞の間を飛び交うシグナル分子を動物以上に巧みに駆使していることが想像できます。8種類の植物ホルモン以外のシグナル分子も少しずつ報告されてはいましたが、それでも、そんな少ない数のシグナル分子だけで、飛び交う情報を全て網羅できているとは考えにくいですよね。

しかし、近年、生物の設計図として全ての遺伝子の情報が記載されているゲノムの解読技術が発展し、様々な植物のゲノムが解読されました。すると、すでに知られていたシグナル分子以外にも、未知のシグナル分子の設計図が、見てわかるものだけで千個近くも植物のゲノムに書かれていることが見えてきました。その1つ1つが何かの情報を伝えるために働いていると推定できます。その後、そういう新しいシグナル分子の一部については役割が解明され始めましたが、まだまだ95%以上のシグナル分子の役割が未解明なままです。私たちは、それら役割不明のシグナル分子群に興味をもって研究を進めています。

秩序が生み出す内面美

例として、植物の茎の輪切り切片の写真を紹介しますが、茎は小さな細胞から大きな細胞まで多くの種類のたくさんの細胞でできています。それらの細胞が幾何学的と表現してもいいような綺麗なパターンで秩序よく配置されているのも分かると思います。

シロイヌナズナの茎の輪切り(横断切片)。細胞1つ1つの輪郭がはっきり分かるように細胞壁を青色に染色してある。

いつ見ても、きれいだなぁ、と感動しますが、植物の体の中では、細胞が美しく配置されたこのようなパターンが茎以外にもいたる所に存在しています。私は、植物体内でそのような秩序だった美しいパターンが作り出される仕組みに興味を持っていて、特にこの美しさに関係する2つの興味を研究の中心課題にしています。

まずひとつ目の興味は、こういった秩序だった美しい配置がそもそもどのように生み出されるのかということです。たくさんの異なる細胞を秩序よく配置するには、細胞の位置関係を何らかの情報のやり取りによって調整しないといけないはずですよね。そのような情報として働くシグナル分子を探索し解析しています。例えば、植物の茎の輪切りを拡大して見ると、大きな細胞や小さい細胞などいろいろな細胞がきれいに整然と並んで配置しています。

しかし、私たちが着目したシグナル分子が働かない植物では、細胞がうまく配置されずに整然とした並びが途切れたりします。このように、細胞が秩序よく並んだパターンを生み出すためのシグナル分子を、茎以外にも葉や花、根など、様々な場所で探索し解析しています。

茎の維管束と呼ばれる部分の拡大図。通常の植物の整った細胞配置パターン(左)が、私たちが着目したEPFL型と呼ばれるタイプのシグナル分子が働かないと乱れてしまう(右)。

パターンに秘められた意味

植物はシグナル分子を使って整った細胞配置パターンを生み出すわけですが、では、そのシグナル分子自体はどの細胞で生まれるのか、これが2つ目の興味に大きく関わります。例えば、先ほどの話に出た茎の維管束の細胞配置パターンを整えるシグナル分子がどこで生み出されているのかを調べたところ、茎の表面から数細胞分だけ内側で茎を一周ぐるっと取り囲んでいる内皮細胞と呼ばれる細胞だけでそのシグナル分子が作られていることが分かりました。

着目したシグナル分子を生み出す細胞だけが青く染まる方法で染色した。全ての細胞の輪郭は赤く染色してある

この様子を顕微鏡で初めて見た瞬間は、研究人生の中でも一番感動した瞬間の1つで、研究者冥利に尽きる瞬間でしたね。「こんなところの細胞だけで生み出されるシグナル分子があるんだ!」という驚きでもあり、「なぜこんなところからシグナルが出ているんだろう?」という別の不思議も生まれた瞬間でした。とは言え実際は、何より理屈抜きに、ただただ「きれいだなぁ」という感情が一番大きかったのを覚えています。

この時にすごく印象深く感じた思いが、2つ目の大きな興味になりました。それは、美しい(興味深い)パターンで生まれるシグナル分子には、きっと美しい(興味深い)役割があるはずだという思いです。そこで、植物のゲノムの中に千個近く存在すると推定される役割不明のシグナル分子の中から、まずは興味深いパターンで生み出されるシグナル分子を探し出し選び抜いた上で、その働きを解明する研究を進めています。

つい最近見つけたばかりのシグナル分子をひとつ紹介します。根の先端の内部構造を見ると、細胞がきれいに整然と並んで層状になっています。そして、その一番外側の最外層は土との摩耗などで損傷し剥がれていきます。すると、そのひとつ内側の層が次の新しい最外層として露出します。

根の先端の拡大図。着目したシグナル分子を生みだす細胞の核だけで蛍光タンパク質が黄色く光る植物を作って観察した。全ての細胞の輪郭は青く光らせている。

最近、その入れ替わり続ける最外層の細胞だけで作られるシグナル分子を見つけました。こんな場所で生まれるシグナル分子がいったい何をしているのか、どんな情報をどこに運んでいるのか、不思議ですよね。植物には、考えもしない場所で生み出されるシグナル分子がまだまだたくさん未発見のまま潜んでいて、そのひとつひとつにいつも驚かされます。着目したシグナル分子がどの細胞で生まれているのかを初めて観察する瞬間は、いつもドキドキして、楽しくて仕方がありません。

新しいシグナル分子を求めて

2020年4月に新しい研究室を作る機会に恵まれ、「多細胞秩序研究室」と名付けました。植物の体の中で多くの細胞が織りなす整然とした美しい秩序がどのように構築され、維持され、時には変化するのか、その仕組みに迫りたいと考えています。細胞と細胞の間で飛び交うシグナル分子群を軸にした研究を進めるのはもちろんですが、その一方で、せっかくの新しい研究室です。たまには方向転換や寄り道をするのはすごく楽しいし、結果的に有意義な展開につながると信じています。ですので、「いつの間になんでそんなことを始めたの?」とみなさんが想像もしないような研究展開もどんどん企んでいきたいですね。

この記事について

構成協力 肥後 あすか / 撮影 松林 嘉克

打田 直行 プロフィール:
1999年 東京大学薬学部卒業、東京大学大学院薬学系研究科にて博士(薬学)の学位を取得。カリフォルニア大学デービス校研究員、奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科研究員および助教、名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所特任准教授を経て、2020年より現職。