INTERVIEW「接ぎ木」で広がる植物の魅力

名古屋大学 農学部 資源生物科学科 准教授

野田口 理孝

2021.4.8

私たちは植物の力を借りて生きている。酸素を生み出す存在として、食糧として、衣服として、建材として、色々な形で植物に頼って暮らしていることに気付く。その植物の魅力を掛け算で引き出すことができるのが接ぎ木である。接ぎ木は古くから農業などで使われてきた手法だが、同じ種か近縁種同士でないと不可能とされてきた。野田口理孝准教授のグループは、その常識を覆して遠縁の様々な植物に接ぎ木できるユニークな植物を発見し、その鍵を握る重要な酵素も見出した。大学発ベンチャーも創業し、研究成果のさらなる活用を目指している。食糧問題の解決策のひとつになるかもしれない接ぎ木だが、ほぼ手つかずだったこの分野を切り拓いた研究の道のりと、接ぎ木の未来について聞いてみた。

接ぎ木との出会いは?

実は、初めから接ぎ木の研究をやろうと思っていたわけではありません。接ぎ木はあくまで実験手法の一つでした。大学院生の頃、所属していた京都大学の荒木崇教授のもとで、世界の多くの植物研究者から注目されていた花成ホルモン「フロリゲン」の実体解明に取り組んでいました。フロリゲンは葉でつくられ、葉から芽の先端に運ばれて花芽をつくると考えられていました。花を咲かせる時期を制御できる花成ホルモンの研究は、実用面からも意義が大きく、半世紀以上にわたり盛んに研究が行われていました。

モデル植物であるシロイヌナズナの芽生えの接ぎ木。2つの地上部が、1つの根につながっている。

当時研究室では、FT遺伝子にコードされるタンパク質がそれらしいことを突き止めていました。私は最後の証明として、FT遺伝子の変異体、つまりFTタンパク質が作れない植物体と、FTタンパク質を作る正常な植物体を接ぎ木して、変異体が早く花を咲かせるように回復すること、同時にFTタンパク質は正常な植物体から変異体まで運ばれることを示しました。それまで植物の情報伝達は植物ホルモンなどの低分子が中心であると考えられていたため、タンパク質のような巨大な分子が運ばれていることは驚くべき発見でした。これが私と接ぎ木の出会いです。

接ぎ木は、2種類の植物の茎を切って1つにつなげる技術で、植物が傷を治す修復能力を利用してつなげています。植物を栽培する有効な手段として、2000年以上も前から世界中で行われてきました。例えば、甘い果実をつける枝を苦味を含み虫や病気がつかない根に接ぎ木することで、病虫害に負けずに美味しい果実を育てることができます。片方の植物の良い特徴と、もう片方の植物の良い特徴を、同時に発揮させることができるのが接ぎ木なのです。接ぎ木しても、それぞれの植物の遺伝情報は変わらないので、生態系に及ぼす影響やリスクも抑えることができます。また、植物の生育・栽培には土壌微生物の存在がとても重要なことから、接ぎ木によってそうした微生物との共生関係を有効に利用することができるようになる可能性もあります。

接ぎ木の経験から植物の見方が変わったそうですね

接ぎ木によって植物と植物の間をフロリゲンが運ばれていくのを見ているうちに、植物には動物のような神経系はないけれども、一つの個体として適切に生きていくために、それに代わるシステムがあると考えるようになりました。フロリゲンは一つの例で、植物の体内を根から葉、あるいは葉から花へなど全身を移動する分子群が、個体全身の統御を担っているに違いないと思ったのです。花を咲かせるのに十分なサイズまで成長したら花を咲かせる。虫が葉をかじったら虫除けになる物質を出す。人間と同様に多細胞生物である植物にも、必ずスマートな情報伝達システムがありそうですよね。

篩管液の研究が転機になったとか

大学院で博士号を取得した後に、篩管の物質輸送の研究をリードしていた米カリフォルニア大学のWilliam J. Lucas教授の研究室にメールを出し、研究員として受け入れてもらうことになりました。植物の体の中では、タンパク質と並んでRNAも篩管を通って運ばれることが見つかっていたため、今度は移動するRNAがどんな働きを持つのか、果たして情報を伝えているのかを知りたくて研究することにしました。

カリフォルニアでの生活は、初めての経験が多く刺激に溢れていました。遠くまで広がる大地、晴天のカラッとした気候、文化圏の違う人種や多国籍な料理に囲まれ、自分の日本人らしさやアイデンティティーを認識させられる日々でした。しかし、彩り鮮やかな生活とは裏腹に、研究の道のりは出だしから困難ばかりでした。

カボチャの茎を切ると、切り口からしみ出てくる篩管液。

研究室では篩管液が集めやすいウリ科のカボチャやキュウリを実験に用いていました。しかし、それらのゲノム情報は少なく分子遺伝学の手法が適用しにくいという問題がありました。一方、分子遺伝学のモデル植物であるシロイヌナズナは研究には便利でしたが、そもそもどのRNAが体の中を運ばれているのか、見当がつきませんでした。そこで、シロイヌナズナと遺伝子配列が大きく異なる植物を接ぎ木して、候補になりうる移行性RNAを配列を指標に見つけ出すことを考えましたが、接ぎ木は近縁な植物しかつながらないという一般的な法則があります。

研究を諦めかけた頃、ダメでもともととシロイヌナズナにいろいろな植物を接ぎ木してみたところ、遠縁なタバコ属植物がつながることを発見しました。目の前で起きていることが信じられず、研究室の仲間にも同じ接ぎ木を試してもらいましたが、やっぱり成功したのです。これをきっかけに、研究は順調に進めることができたのですが、このタバコ属植物との出会いがその後の研究の大きな転機となりました。

シロイヌナズナを台木として、遠縁のタバコ属植物を接ぎ木した例。

タバコ属植物はどれくらいの種類の植物と接ぎ木できるのですか?

帰国後に、もう少し接ぎ木に使う植物種の幅を広げて試してみたのが驚きの始まりでした。タバコ属植物はナス科の植物で、シロイヌナズナはアブラナ科の植物なので、両者は遠縁な植物です。まず、タバコ属植物はどれくらいの種類の植物と接ぎ木できるのだろうかと思い、他のアブラナ科植物である野菜類のブロッコリーやキャベツと接ぎ木してみました。すると、つながることが分かったので、さらに他の野菜類はどうかとマメ科やウリ科の植物とも接ぎ木してみました。その結果、それらの植物ともつながり、最終的には被子植物のうち38科73種の植物と接ぎ木できることが分かりました。タバコ属植物は驚くべき能力を持っていたのです。接ぎ木を試しては、新しい植物を求めて園芸店まで行くのを繰り返す日々は、毎日が本当にエキサイティングでした。

次に知りたくなるのが、なぜタバコ属植物はそんな特殊な能力を発揮できるのかということです。網羅的に遺伝子の働きを調べるなど、分子生物学や細胞形態学を徹底的に行ない、接ぎ木の接着の鍵となる酵素を見つけ出しました。この酵素は他の植物も持っていて、自分自身の傷を治すときには使っているのですが、タバコ属植物の場合は遠縁の植物と接ぎ木した場合にも同じ酵素が働くために、相手とつながれることが分かったのです。接ぎ木の科学はそれまでほとんどされておらず、この原因を解くのにおよそ5年ほどかかりました。この間、接ぎ木が成立するまでに次々と連続的に起こる、細胞の分裂と増殖、脱分化や組織への分化といった植物科学において重要な現象を、分子のレベルで最初に見ることができたのは、研究者の特権でしたね。

接ぎ木した部分に発見した酵素を塗ると、接ぎ木の接着が良くなって効率が高まることも分かり、特許も出願しました。タバコ属植物の能力をそのまま活用できないかと考え、地球上でもっとも繁殖するキク科植物の根の上に、タバコ属植物の茎を挟んでトマトを接ぎ木したところ、接ぎ木してから3ヶ月後にトマトの果実を実らすことに成功しました。実ったトマト果実はとても小さく、この技術がすぐに実用できるわけではありませんが、研究を続けていくことで、未来の社会に役立つ知見や技術が生まれることを期待しています。

タバコ属植物を中間に挟んだ、トマトとキクの接ぎ木。2つの矢頭の間がタバコ属植物。

研究用の接ぎ木デバイスも自ら開発されたんですね

接ぎ木を科学的に研究しようと思ったときに、解析の手法が何もないという壁にぶつかりました。実験用のモデル植物はすごく小さいので、手作業で接ぎ木するには神業的な技術が必要になります。科学的に統計がとれるデータを取得するには、均質な接ぎ木を効率的よく行いたい。そこでまず、誰でも簡単に接ぎ木ができるマイクロデバイスを工学部の専門家と協力して作りました。それが「接木チップ」です。

植物の成長様式に照らし合わせて、茎を挟んでくれるように内部の構造を設計し、植物の位置を規格化できるようにしました。植物の上下を切り離して置き替えるだけで接ぎ木できます。これは研究用ですが、農業用にサイズアップしたのが「接木カセット」です。農業で接ぎ木をするには技術習得が必要なのですが、その必要をなくして誰でも簡単にできるようにしました。

シロイヌナズナ研究用の接木チップ(左)と、トマト用の接木カセット(右)。

最近の研究の世界では、専門分野を飛び越えて、目標のために各分野の専門家が協力して新しい研究を展開することがしばしばあります。好きこそものの上手なれで、挑戦したいという想いがあれば誰でもオンリーワンの研究を提案できるのが魅力です。

大学発ベンチャーを創業されたと聞きました

植物科学のめざましい発見は、未来の農業や植物利用を必ず良くしてくれるはずです。もともと社会に貢献したくて植物の研究に取り組んできたので、接ぎ木の研究から生まれた科学的な知見を実際の社会に役立てるところまでやりきりたいと思い、大学発ベンチャーを仲間とともに創業しました。新しい事業を提案して立ち上げることは容易ではありません。ここでも異業種の方たちに助けられながら一歩ずつ進めているところです。社会の構造や異なる価値観に触れ、大学での研究を客観視する貴重な機会にもなっています。

接ぎ木については、接ぎ木可能な植物の組み合わせが非常に狭いことが技術の制約でした。遠縁の接ぎ木法で、組み合わせの範囲を広げる道筋が見えてきましたが、接ぎ木で優れた苗が作れるようになったとしても、それを効率的に生産できなければ実際には普及しません。そこで、研究用途で作っていた接ぎ木デバイスを、農業用に改良できないかと考えました。この2つに気がついたとき、これまでの接ぎ木技術の壁が打破できる可能性が生まれ、ベンチャーの創業に乗り出したのです。

ベンチャーは、接ぎ木の技術提供にとどまらず、植物資源の改良にも植物科学の知識を活用して取り組んでいます。植物の魅力をますます引き出して、社会に届けていきたいですね。

接ぎ木は奥が深いですね

接ぎ木は、植物科学の命題となる現象を色々と含んでいます。接ぎ木された相手の植物をどのように認識しているのか、組織の切断という強いストレスに植物はどのように耐えているのか、組織として分化した細胞はどのように運命をリセットして新しい細胞に分化するのかなど、次から次と疑問が生まれてきます。

今回のタバコ属植物を中心とした遠縁の接ぎ木は、私たちに多くの洞察を与えてくれました。これまで集めてきた遺伝子レベルの情報の中に、これらの問いに対する解明のヒントが隠されているはずです。植物の驚きの能力を科学的に調べることで、これからも新たなブレークスルーを目指したいですし、得られた知見を実用技術の改善や効率化につなげる努力もしていきたいと思っています。

小学生の頃に、地球温暖化の問題を聞いて、化石燃料の使用や森林の減少について根本的な解決を目指さなければ、私たちの未来は守れないと強い危機感を抱きました。実家が東京だった私は、夏休みになると祖父母のいる東北の田舎に行くのが毎年の恒例で、そこは自然がいっぱいでワクワクする時間を過ごしていました。そんな自然と私たちの生活を守りたい、しかもできれば豊かな社会も築きたい、子供の頃からの青くさい目標ですが、研究者としてこれからも植物科学を武器に取り組んでいきたいと思います。

この記事について

構成協力 孫 恵真・森 萌恵 / 撮影 松林 嘉克

野田口 理孝 プロフィール:
2003年 北海道大学理学部卒業。京都大学大学院理学研究科にて博士(理学)の学位を取得。カリフォルニア大学研究員、名古屋大学理学部特任助教、名古屋大学農学部助教を経て、2019年より現職。