INTERVIEW植物ゲノムのエピジェネティック制御の謎に迫る

沖縄科学技術大学院大学 准教授

佐瀬 英俊

2021.12.20

生物のゲノムに書き込まれた遺伝子は、塩基配列が全く同じであれば通常は同じように発現して同じように機能する。その一方で、生物はDNA配列そのものは変化させずにメチル化などのマークを塩基につけて発現調節するしくみも持っている。このような塩基配列に依存しない遺伝子の発現調節機構はエピジェネティクスと呼ばれ、様々な遺伝子の発現制御に関わることが知られるようになった。エピジェネティック制御は、ゲノム中に多数存在するトランスポゾンと呼ばれる転移因子の活性抑制にも重要だ。佐瀬博士の研究グループは、新しい遺伝子群の発見を通して植物ゲノムの様々なエピジェネティック制御のしくみを明らかにしてきた。なぜエピジェネティクス研究の道に進んだのか、またどんな研究を目指しているのか、佐瀬博士に聞いた。

メンデルの法則に魅せられて

もともと植物というよりは生物一般に興味がありましたが、より大きなきっかけとなったのは、高校の生物の授業でメンデルの遺伝の法則と、遺伝子やそれを構成するDNAの存在を学んだことです。特にメンデルの法則はほとんど全ての真核生物に共通するシンプルで美しい法則だと感動しました。また、DNAを切ったりつなげたりできる分子生物学や遺伝子工学にも興味を持ち、漠然とですが大学ではそうしたことを学びたいと思いました。当時から今でも植物の分類や識別などは苦手ですが、遺伝子やゲノムの働きを調べることで植物を含む生物の基本原理のようなものを理解したいというのが研究の分野に進んだ大きな理由になっています。

選んだ研究室がたまたま植物を扱っていた

大学3年生で研究室を決める際に、分子生物学的な手法を使って遺伝子を扱う研究をしていた植物生理学の研究室を選びました。こんなことを言うと怒られるかもしれませんが、当時はDNAなどを扱えればどんな研究対象でも良いと思っていたので、この時に他の生物を扱う研究室を選んでいたら全く違う人生になっていたかもしれません。研究室では初めて自分で遺伝子のクローニングなどを体験できて楽しかったのですが、与えられた研究プロジェクトではむしろ植物のタンパク質の精製がメインの仕事でした。

強い日射に耐えるように適応したトウモロコシなどの植物は、特殊な二酸化炭素固定を行うPEPC(ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ)という酵素を持っています。当時、PEPCをリン酸化して活性化するPEPC-PKというリン酸化酵素の存在が示唆されていましたが、まだ見つかっていなかったため、この酵素を精製して同定するプロジェクトに参加することになりました。このPEPC-PKは朝から午前中に活性化するので、トウモロコシが収穫できる夏の朝5時ごろから畑に出かけて行って大量の葉を集め、それを低温室ですり潰してPEPC-PKの活性を指標にクロマトグラフィーで精製して同定を試みるというプロジェクトでした。何より早起きをしなければならないのが当時は非常に苦痛でしたが、今となってみればこの時に学んだ生化学の素養がその後の研究に大いに役立っています。

転機となったスイス留学

修士2年の頃、海外のグループからPEPC-PKを同定した論文が先に発表されてしまいました。また、応募した奨学金ももらえなかったので、その後博士課程に進むかどうかも迷っていました。そんな時、植物関係のメーリングリストで海外の博士課程のPh.D.プログラムの募集の案内が流れてきたのです。欧米では基本的にPh.D.コースの学生は給料をもらいながら研究をして博士の学位をとるのですが、当時の私としては学費がタダで給料ももらえる上に海外に住めるなら、ということで応募してみることにしました。

行き先のボスも研究テーマもよく知らないまま幸運にもプログラムに採用されたのですが、これが人生の転機になりました。留学先はスイスのバーゼルにあるフリードリヒミシャー研究所というところで、Jerzy (Jurek) Paszkowski博士の研究室に所属し、そこで携わることになったのがエピジェネティクスの研究だったのです。Jurekは人間的にも素晴らしい人物で大きな影響を受けました。またこのPh.D.時代は多くの研究者と知り合い、そのネットワークは今でも自分の貴重な財産になっています。また週末ごとにスイス、フランス、オーストリアなどにスキーに出かけ、とても充実した留学生活を過ごしました。

スイスでのPh.D.時代、ラボメンバーとのスキー旅行。後列中央が佐瀬、その隣のサングラスの男性がPaszkowski博士。

エピジェネティクス研究との出会い

エピジェネティクスとは「DNA配列の変化を伴わない遺伝子活性の変化が、体細胞分裂や時に減数分裂を経て世代を超えて伝達される現象、またはその研究」と定義されています。それまでは現象だけが知られているに過ぎなかったエピジェネティクスですが、私が博士課程の学生だった頃は、ちょうどその分子メカニズムが植物を含む様々な生物で明らかになり始めた時代でした。Paszkowski研究室では、シロイヌナズナのゲノムに存在するトランスポゾンのエピジェネティックな制御機構を理解するというテーマに取り組むことになりました。

トランスポゾンというのはほとんど全ての生物のゲノムに存在する寄生因子とも呼ばれるDNA配列で、自律的に自分のコピーを増やす性質を持っています。例えばシロイヌナズナの場合、ゲノム全体の10%くらいがトランスポゾン配列ですが、我々ヒトのゲノムの場合ではおよそ50%がトランスポゾン配列と言われています。トランスポゾンは自分のコピーをどんどん増やしてゲノム中の様々な場所にコピー配列を挿入します。これが遺伝子の配列を変えたりゲノムを再編成したりするため、長期的には生物の進化に重要な役割を果したと考えられているのですが、短期的には有害であるため、植物や動物はトランスポゾンが増える活性を抑制しようとします。この時に使われるのが、メチル化などのマークを塩基につけるエピジェネティックなメカニズムです。

私は、普段は抑えられているトランスポゾンが異常に活性化されている変異体を選抜することにより、MET1と呼ばれるDNAメチル化酵素の変異体を見つけました。DNAメチル化は真核生物のゲノムでは主にシトシン塩基に見つかり、特定の遺伝子やトランスポゾンの機能抑制に重要な働きをしています。met1変異体ではゲノムのメチル化が減少するため、トランスポゾンの活性化をはじめ様々な発生異常が観察されます。その後、この変異体を調べることで遺伝子やトランスポゾンの制御におけるDNAメチル化の様々な役割が明らかになりました。

シロイヌナズナのmet1変異体。開花遅延などの発生異常を示す。

遺伝子の発現と抑制を決めるエピジェネティック修飾

真核生物のDNAは、核内でヒストンと呼ばれるタンパク質に巻きついてクロマチンと呼ばれる構造をとっていますが、普段発現している遺伝子領域と抑制されているトランスポゾン領域とではヒストンの化学修飾やクロマチン構造に違いがあります。その中でもヒストンH3の9番目のアミノ酸であるリジン(H3Lys9)は、メチル化されるとクロマチンを凝集させて抑制的な状態にすることが多くの生物で知られています。またH3Lys9がメチル化されると、これが目印となって周辺のDNAがメチル化されることも分かっています。

興味深いことに、トランスポゾン配列にはH3Lys9メチル化やDNAメチル化が多く蓄積しており、普段はコピー活性が抑制されているのです。一方、発現する遺伝子がある領域にはこういった修飾はなく、クロマチン構造が緩んで転写されやすい状態になっています。ただ、これらのエピジェネティック修飾の違いは何によってもたらされるのか、細胞はどのように遺伝子配列とトランスポゾン配列を識別しているのかについてはまだ完全には理解されておらず、この分野の大きな研究課題のひとつになっています。

私がこの問題を強く意識し出したのは博士号を取得した後、植物のトランスポゾンの研究で著名な国立遺伝学研究所の角谷徹仁教授(現東京大学)の研究室で、博士研究員として働き始めてからでした。角谷教授が単離していた盆栽のような形態を示すbonsaiという変異体を解析している過程で、BONSAIBNS)遺伝子が本来は受けるはずのないDNAメチル化を受けて発現が抑制されていることが分かったのです。これはBNS遺伝子の隣にあるトランスポゾンの活性を抑制するためにつけられたメチル化修飾が、隣のBNS遺伝子まで異常に広がったためでした。このbonsai変異体は典型的なエピジェネティック変異体で、野生型と比較して塩基配列に変化は起きていませんが、DNAメチル化の異常と表現型は世代を超えて伝達されます。

シロイヌナズナbonsai変異体。DNAメチル化の異常の程度が細胞や個体ごとに異なるため、1個体の親から得られた種子から様々な程度のbonsai表現型を示す個体が現れる。一番右は野生型のシロイヌナズナ。

メチル化を巡る遺伝子同士の駆け引き

このbonsai変異体の解析を通して示唆されたのは、正常に発現する遺伝子もDNAメチル化などの抑制的なエピジェネティック修飾を受けうるが、それを防ぐ何らかのしくみを持っているということでした。このしくみの中に選択的なエピジェネティック制御の鍵が隠されている可能性があります。そこで本来はDNAメチル化を受けないBNS遺伝子にメチル化を引き起こす変異体のスクリーニングを行なったのです。その結果、現在も研究を続けているIBM(Increase in Bonsai Methylation)と名付けた変異体群を単離することができました。

その中の原因遺伝子の1つ、IBM1遺伝子は最初は機能が全く分かりませんでした。ところがIBM1遺伝子を見つけてしばらくしたのち、動物の類似タンパク質がヒストン脱メチル化酵素の活性を持つことが相次いで報告されたのです。その後の研究でIBM1はH3Lys9からメチル基を除く脱メチル化酵素であり、発現抑制されてはいけない遺伝子にH3Lys9メチル化やそれに伴うDNAメチル化が起こるのを防いでいることが分かりました。IBM1遺伝子は他の研究グループも解析を進めていたようでしたが、幸運にも先に発表することができました。何より私にとって興味深かったのは、IBM1はMET1と同様に植物が哺乳類を含む他の生物から分岐して長い進化を経た後もなお、植物のゲノムでほとんど同じような機能を持って保存されていたということです。生物全般に共通するエピジェネティック制御の一端に触れたような気がしました。

シロイヌナズナの野生型(左)とibm1変異体(右)。葉の形態異常に加えて不稔など様々な発生異常を示すことから、ゲノムの遺伝子領域からの抑制的エピジェネティック修飾の除去が発生に重要な働きをしていることが分かる。

また、その後の私たちの研究から、シロイヌナズナやイネのゲノムでは、活発に転写されている遺伝子の内部に抑制的なエピジェネティック修飾を持つトランスポゾン配列が多く存在しており、IBM2、IBM3と名付けた因子群がこれらの制御に関わっていることが明らかになりつつあります。これはこれまでのエピジェネティクスの常識では説明できない現象で、沖縄科学技術大学院大学で独立して研究室を持ってからはこの謎を解き明かそうと研究を続けています。

野生型イネ(上)とイネibm2変異体(下)。イネにはシロイヌナズナより多くのトランスポゾンが遺伝子のイントロンなどに存在している。イネibm2変異体は種子ができない表現型を示すことから、IBM2が関与するエピジェネティック制御がイネの発生にも重要であることが分かる。

広がるエピジェネティクスの世界

現在は、植物を取り巻く環境の変化が、どのようにエピジェネティック修飾と遺伝子発現に影響するのかについて理解したいと考えています。ゲノム解析技術の進歩のおかげで、モデル植物以外の植物のゲノムやエピゲノム(ゲノム全体におけるエピジェネティック修飾)についても比較的調べやすくなってきました。

私たちのいる沖縄は亜熱帯に属し、ここでしか見られない興味深い植物種がたくさん存在しています。最近、私たちのグループでは、強い塩耐性を示し海岸などで生育することができる植物であるマングローブの一種、オヒルギのゲノムとエピゲノムの解析を行いました。その結果、オヒルギでは高塩濃度環境によってゲノム中のトランスポゾン配列のDNAメチル化が上昇することが明らかになりました。この生物学的な意義はまだ不明ですが、マングローブは他の木本植物と比較してゲノムのサイズが比較的小さいと言われており、DNAメチル化を上昇させることによってストレス環境下でのトランスポゾンの活性化とゲノムサイズの増大を防いでいるのかもしれません。植物ゲノムのエピジェネティック制御がどのように環境適応に貢献しているのか、様々な植物の研究を通してその分子メカニズムに迫っていきたいと考えています。

マングローブの芽生え。沖縄では、海水が入り込む河口近くにたくさん自生している。
この記事について

構成協力 島田 篤 / 撮影 松林 嘉克

佐瀬 英俊 プロフィール:
1998年 京都大学農学部卒業。スイス、バーゼル大学にてPhDを取得。国立遺伝学研究所博士研究員、助教を経て2011年より現職。