INTERVIEW植物が乾燥に耐えるしくみを探る

東京農工大学 生物システム応用科学府 教授

梅澤 泰史

2023.1.22

国連砂漠化防止条約の報告書によれば、人類は干ばつの影響により「岐路に立っている」とされる。現代において、農業生産における干ばつの被害はそれほど深刻なものとなりつつある。植物が生きていくためには水分が不可欠であり、水分が不足すると乾燥ストレス状態に陥る。このとき、植物は乾燥に耐えるための様々なしくみを使って生き延びようとするが、これを誘導するメカニズムとはどのようなものだろうか?この課題に一貫して細胞内の情報伝達という観点から取り組んできた梅澤泰史教授に研究の背景と魅力を聞いた。

意外なきっかけで分析の道へ

大学の講義で砂漠化の問題に触れる機会があって、それがなぜか印象に残りました。そこで、4年生になったときに砂漠化に関係する研究をしているところを探して、作物の乾燥ストレスや塩ストレスを扱っている研究室を選びました。

学部4年から修士課程までは、栽培生理学の分野でダイズの耐塩性の研究をしました。栽培生理学では文字通り植物を栽培しながら様々な計測をするのですが、結果が目に見えるので楽しかった思い出があります。しかし、修士1年の時に季節外れの台風が来て温室が全壊してしまい、計画していた実験がおじゃんになってしまったのです。それで、冬場でもできる実験を考えざるをえなくなり、隣の研究室の先生などの助けを借りながら、人工気象室でダイズを育てて成分分析などの実験を行うことになりました。

ビニールハウスでのダイズの耐塩性試験

慣れない分析実験を進めていくうちにそれがだんだん面白くなってきて、もっと植物内部のメカニズムを知りたいと思うようになりました。そこで、博士課程では遺伝子工学の研究室(藤村達人教授)に移って、ダイズの塩ストレス応答性遺伝子の解析を行うことにしました。ここで初めて分子生物学の世界に触れたのですが、見るものすべてが新鮮でした。特に、当時助教だった水野幸一先生(現 秋田県立大学)には、生物学実験において「神は細部に宿る」的な考え方を学びました。これは、私の研究への取り組み方の原点になったと思います。

博士課程が終わる頃には、もっと植物内部で起こっていることを知りたいという気持ちが強くなり、シグナル伝達研究で有名だった理化学研究所の篠崎一雄先生の研究室の門を叩きました。そこで初めてシロイヌナズナを使い始めましたが、これも大きな転機になりました。

アブシシン酸研究との出会い

理研には合わせて10年ほど在籍したのですが、植物ホルモンであるアブシシン酸(ABA)の研究を中心に、多くの共同研究やダイズのゲノムプロジェクトなど様々な研究に関わることができ、本当に充実した時間を過ごすことができました。中でも、ABAのシグナル伝達経路の研究に携わったことが一番印象に残っています。

植物が乾燥ストレスを受けるとABAが合成されて、水分を保持するために気孔を閉じたり、細胞を守るために多くの遺伝子発現を誘導したりと、様々な応答が起こります。これらのABA応答は、植物の乾燥耐性の根幹となるものなので、そのメカニズムを解明するために世界中で研究が盛んに行われていました。ABA応答は、植物細胞の中でABAの情報(シグナル)が様々な形で伝わった結果と考えられるのですが、当時はそのシグナル伝達経路がよくわかっていませんでした。ただ、ABA応答の過程でタンパク質のリン酸化が情報の受け渡しに使われていることは予測されていて、篠崎研ではSnRK2と呼ばれる一群のタンパク質リン酸化酵素の研究が行われていました。当時私はABA生合成や分解系の研究に行き詰まっており、もともとやりたかったシグナル伝達の研究に移りたいと考えていました。そこで、篠崎先生と相談してSnRK2の機能解析を担当することになったのです。

研究仲間との雑談から画期的な発見へ

今日では、SnRK2はABAシグナル伝達の中枢因子として広く認知されています。しかし当時を振り返ると、私たち自身もSnRK2の重要性について強く認識していたわけではありませんでした。というのも、ABAのシグナル伝達は複雑であると考えられていて、SnRK2も数あるシグナル伝達因子の一つくらいに思われていたのです。しかし、研究の過程でSnRK2遺伝子を3つ破壊した三重変異体ができたときに、そのような漠然とした考えは消え失せました。というのも、その変異体ではほぼすべてのABA応答が「失われて」いたのです。SnRK2が中枢因子として機能していなければ、このようなことは起こり得ません。この結果には本当に驚かされました。

SnRK2三重変異体はほとんどABAに応答しない。左側が野性株、右側は変異体。ABAは通常は発芽を強く抑制するが、SnRK2三重変異体は抑制されずに成長している。

しかし、話はここで終わりませんでした。SnRK2はタンパク質リン酸化酵素なので、リン酸化活性の制御が重要な意味を持ちます。実際、SnRK2は通常時はほとんど活性を持たず、ABA処理をすると活性化するのですが、この活性制御のメカニズムは不明でした。三重変異体の解析から、SnRK2の活性は植物の乾燥耐性に必要不可欠なことがわかっていたので、ここを何とか解明したかったのですが手がかりはありませんでした。

一方、当時理研に所属していた平山隆志さん(現・岡山大学)は、植物のABA応答にかかわるタンパク質脱リン酸化酵素(PP2C)の研究をしていました。実は、PP2Cはもっとも初期に発見されたABAシグナル伝達因子でしたが、どんなタンパク質を脱リン酸化してABA応答を制御しているのかわかっていませんでした。ある研究集会で平山さんと一緒になり、いろいろ雑談を重ねているときに、ふとSnRK2とPP2Cが関係していたら面白いねという話になりました。さっそく調べてみようということになり、研究室に帰って実験してみると、SnRK2とPP2Cがタンパク質レベルで相互作用することがわかったのです。この結果が出たときは、研究所の廊下を走って平山さんに報告したことをよく覚えています。その後はトントン拍子に研究が進み、PP2CがSnRK2を直接脱リン酸化して不活性化するという、ABAシグナル伝達の基本メカニズムにたどり着くことができました。

熾烈な海外との競争

ところが、結果が出そろってきていざ論文にしようというときに、平山さんが海外の学会に行って、フランスのグループがほぼ同じ結論に達している、との情報を得てきました。これには本当に焦りましたが、急いで投稿して何とか私たちが最初に論文にすることができました。結局、数か月の差でほとんど同じ内容の論文が3本発表されることになり、世界の競争の厳しさを身をもって体感しました。さらに、ほぼ同時期にABAの受容体が発見され、PP2Cと直接相互作用することが報告されました。したがって、複雑と考えられていたABAのシグナル伝達経路は、2009年に比較的シンプルなモデルに一気に書き換えられたわけです。ABAシグナル伝達が解明されていく現場に立ち会えたこと、そしてこのモデルの構築に貢献できたことは、私の研究者人生において大きな財産になりました。

海外で技術を学ぶ

SnRK2の上流について明らかにすることができたので、次にSnRK2がどのようなタンパク質をリン酸化しているのかを知りたくなりました。タンパク質のリン酸化は昔から知られている翻訳後修飾ですが、よくわかっているように見えて実は奥の深い研究テーマです。タンパク質リン酸化酵素の基質を一つ決めるだけでも、簡単なことではありません。しかし、SnRK2の三重変異体では基質がリン酸化されないはずなので、このことが突破口にならないかと考えました。

そのころ、細胞内に微量にしか存在しないリン酸化タンパク質を質量分析計を使って網羅的に検出する、リン酸化プロテオーム解析という手法があることを知りました。私は、何とかそれを使ってSnRK2の基質を見つけたいと思ったのですが、当時周囲にそのような解析を行う環境はありませんでした。そこで、ヒューマンフロンティアサイエンスプログラムの奨学金を得て米国ミズーリ大学のScott Peck博士のところに短期留学して、技術を習得しました。アメリカでの研究生活には楽しい思い出がいろいろありますが、クラフトビールが安くてうまかったことが特に印象に残っています。

留学先のミズーリ大学キャンパス。

その頃、東京農工大学にポジションを得ることができ、腰を据えてリン酸化プロテオーム解析に取り組むことができるようになりました。しかし、当時はまだ機器の性能や解析環境が不十分で、手作業でやる部分がかなり多く、機器から出力された膨大なデータを解析するのに数ヶ月かかるなど苦労しました。その甲斐あって、質量分析のクロマトグラム上にSnRK2の変異体で明らかにリン酸化が減少するタンパク質が次々と見つかってきたのです。つまり、当初の目論見通りにSnRK2の基質をばっちり捉えられることがわかりました。このときの感動も忘れられませんね。

リン酸化プロテオーム解析は現在も続けており、シグナル伝達研究には非常に強力な解析手法であることを実感しています。昨年度には、念願の質量分析計が農工大に設置されたので、これまでよりも自由に解析が行える環境になりました。どんどん面白いデータが出ているので、今後の研究の展開が楽しみです。

農工大に最新鋭の質量分析計がやってきた。

気がついたら植物科学者になっていた

思い返すと、いろいろ仕掛けた研究で、うまくいったのはほんの一握りでした。大学院のときも理研のときも途中で研究テーマを変えて苦労もしたのですが、優秀な共同研究者の方々に助けていただきながら、これまで研究を進めることができました。SnRK2との出会いも含めて、幸運に恵まれましたね。私の場合は最初から研究者を目指していたわけではないのですが、研究を続けていて気がついたら植物科学者になっていた、というのが正直なところです。

SnRK2は面白いタンパク質で、調べれば調べるほど植物の乾燥耐性にとって中心的な存在であることがわかってきました。今後も、SnRK2を中心に研究領域を広げながら、植物のストレス応答機構を明らかにしていきたいと考えています。

現在、地球規模での環境変動は誰もが知っている問題となり、農業生産における干ばつの影響なども深刻化しています。SnRK2の研究にはこのような問題の解決に役立つ可能性があると思っています。しかし、正直に言うと私はそういう応用面だけを見て研究を行っているわけではなく、植物が持つ巧妙な仕組みを解き明かしたい、という純粋な知的好奇心が土台となっています。やはり、何か新しいことを見つけた時の興奮や感動は得難いものがあるのです。もちろん廊下を走るようなレベルの発見などめったにできないのですが、今後もそれを追い求めていくような気がしています。

この記事について

構成協力/撮影 松林 嘉克

梅澤 泰史 プロフィール:
1996年 筑波大学生物資源学類卒業。筑波大学大学院農学研究科にて博士(農学)の学位を取得。理化学研究所研究員、米国ミズーリ大学訪問研究員、東京農工大学農学研究院准教授を経て、2019年より現職。