INTERVIEW耐性のことは耐性植物に聞け

東京農業大学 生命科学部 バイオサイエンス学科 教授

太治 輝昭

2022.11.11

植物はどのようにして成長と環境耐性のバランスをとり、変動する自然環境の中で生き延びてきたのだろうか。そのヒントは地球上のさまざまな地域で生育する「同じ種類」の植物を比べることによって得られる。それぞれの地域特有の環境に適応するために、遺伝子を少しずつ変化させているからだ。太治輝昭教授のグループは、世界各地で生育するシロイヌナズナが示す環境耐性の多様性に着目し、植物が水欠乏や塩分、高温などに適応するために選択したしくみを遺伝子レベルで明らかにしてきた。環境耐性作物の作出につながるこれらの研究がどのように生み出されてきたのか、その過程を聞いた。

少年マガジンが少年に大志を抱かせた

部活漬けだった高校2年の夏が過ぎ、いよいよ進路をどうしたものかと悩み始めた頃、毎週読んでいたマンガ雑誌に、砂漠緑化に人生を捧げた農学者・遠山正瑛さんのドキュメンタリーマンガ(「ひろがれ緑の大地~砂漠緑化に生涯を捧げた父子~」少年マガジン・講談社・1991年掲載)が読み切りで掲載され、それを読んで衝撃を受けました。砂漠化や人口増加に伴う食糧不足が地球規模の大問題であることを初めて知り、それを解決すべく研究者が懸命に取り組んでいることに感動しました。また当時、バイオテクノロジーが夢の技術として取り上げられるようになり、無知な私は「砂漠でも育つような植物を作りたい」と高校生ながらに夢を持ったのです。

植物科学に興味を持つきっかけとなったマンガと書籍

バイオテクノロジーを学べるのが農学部であることを知り、農芸化学科に進学したのですが、所属した研究室では砂漠化の一因である塩ストレスに関する研究は行われていたものの、遺伝子に迫る研究ではありませんでした。ところが大学4年生になる頃、モヤモヤが霧散するような衝撃的な論文に出会いました。シロイヌナズナを用いて耐塩性が低下する突然変異株(sos1)を単離した論文でした。「耐塩性が低下した突然変異株は、耐塩性に必要な遺伝子を欠損したに違いない」というアイデアに目から鱗でした。

野生株(左)と耐塩性が低下するsos1変異株(右)

居ても立っても居られず、「シロイヌナズナから耐塩性変異株を単離する研究をさせてもらえないでしょうか」と研究室の先生にお願いしました。今では当たり前に使われているシロイヌナズナですが、当時、所属した研究室はおろか、大学内でもシロイヌナズナを扱っている方は皆無でした。熱意が通じたのか、シロイヌナズナの種子を取り寄せていただき、シロイヌナズナを扱わせていただけることになりました。

頂いた栽培法のコピーを片手にシロイヌナズナを育てるところからスタートし、耐塩性を調べていたのですが、4年生の夏頃、見かねた研究室の先生から「こんな大学院生募集があるよ」と教えてもらいました。それが理化学研究所、篠崎一雄先生の研究室でした。すぐにコンタクトを取って研究室に伺わせて頂いたところ、「卒論研究からウチにおいでよ」と言っていただき、研究室の先生にお願いして4年生の途中から外研(研究指導委託)させて頂けることになりました。今思えば勝手わがままな学生だったと思います。でもこの篠崎一雄先生との出会いが植物科学者として歩み始めるきっかけになりました。

種子の乾燥耐性を植物体へ

修士2年の夏頃まで、浸透圧ストレスに高感受性を示す変異株の探索を行ったのですが、ひとつも見つけられない苦難の日々を過ごしました。いよいよ探索も潮時かと先輩に相談したところ、当時、篠崎研ではトランスポゾンタギング(動く遺伝子であるトランスポゾンを人工的に転移させてランダムに遺伝子が破壊された変異株の作出)を進めていたため、「乾燥・塩ストレス誘導性遺伝子にトランスポゾンが挿入した系統がいくつかあるから調べてみては?」と助け船を出してもらいました。

ところが世の中それほど甘くなく、試した変異株の耐塩性は全て野生株同様でした。ただ、偶然にもその中に種子に乾燥耐性を与えると考えられていた特定のオリゴ糖(ガラクチノールやラフィノース)の合成酵素の変異株がありました。植物の種子は水分含量5%の極限乾燥状態ですが、種子はこの乾燥にも耐えることができます。一方、植物の葉は80~90%が水分にも関わらず、10%の水分が失われると萎れてしまいます。種子の乾燥耐性は植物の生活環の中で最強なのです。種子も未熟時は葉と同じく乾燥耐性を持たないのに、乾燥耐性を持つ成熟種子はこれらのオリゴ糖を蓄積しています。

もし乾燥種子の耐性メカニズムを植物体に応用できれば、かなりの乾燥耐性を植物体に与えられるかもしれない。これは面白そうだと思い、この合成酵素遺伝子(AtGolSと命名)に狙いを定めました。シロイヌナズナを通常生育条件で育てた葉には、ガラクチノールやラフィノースはほぼ含まれていません。そこでAtGolSを過剰発現させたシロイヌナズナを作出したところ、狙い通り葉でも乾燥種子のようにガラクチノールやラフィノースを高蓄積する株を得ることができました。どきどきしながら野生株とAtGolS過剰発現植物を交互に植えて乾燥耐性試験を実施したのですが、見事に耐性に違いが現われました。後にも先にも、「とにかく植物室に来てください」と篠崎先生の腕を引っ張って植物を見てもらったのはこの時だけです。論文発表のみならず、記者会見を開いてプレスリリースする貴重な経験もできました。

AtGolS過剰発現植物の乾燥耐性試験。野生株(左)、AtGolS過剰発現植物(中央、右)。

論文発表から15年後の2017年に、日本のJIRCAS、コロンビアのCIAT、フィリピンのIRRI、メキシコのCIMMYTによる国際コンソーシアムによって、これまでに世界中で発見された乾燥耐性付与遺伝子群の中で,どの遺伝子が圃場で最も効果を発揮するかを調べる大規模実証実験が行われました.イネにAtGolS遺伝子を含むさまざまな遺伝子を導入して乾燥耐性の比較が行われた結果、うれしいことにAtGolSが最も有望な遺伝子であることが分かりました。

同じ植物でも生育地域ごとに個性がある

AtGolSの仕事が一段落した頃、2つの実験材料との出会いがありました。1つ目がシロイヌナズナ近縁の塩生植物であるEutrema salsugineum(通称ハロフィラ)でした。塩生植物とは、海水程度の塩ストレス下でも生育し、種子をつけることのできる植物を指します。ハロフィラはシロイヌナズナと非常に良く似た形態や特徴を持ち、かつ極めて高い耐塩性を示します。2つ目の出会いが世界中から集められた地域特有のシロイヌナズナの野生系統でした。在籍していた理研の筑波キャンパス内にバイオリソースセンターが設置され、そこに世界中のシロイヌナズナの野生系統が350種類も集められました。

シロイヌナズナ野生系統間は塩基レベルで99%以上の類似性を示しますが、雑草なので世界中の様々な環境に適応するために地域ごとに少しずつ遺伝子が変化している場合があります。先だってハロフィラの研究を進めていたこともあり、シロイヌナズナ野生系統間には耐塩性をはじめとする環境ストレス耐性にも多様性があるだろうと想像しました。実際に350種類のシロイヌナズナ野生系統について大規模な耐塩性評価を行ったところ、驚くほどの耐塩性を示す系統が存在することが分かったのです。この2つの実験材料との出会いが、新天地で自分の研究スタイルを確立していくきっかけとなりました。

海水と同程度の500 mM NaCl水を用いた耐塩性試験。実験系統シロイヌナズナ(左)、耐塩性シロイヌナズナ野生系統(中央)、シロイヌナズナ近縁の塩生植物ハロフィラ(右)。上段:試験前の状態、中段:塩ストレス処理3週間後、下段:塩ストレス処理5週間後。

耐性のことは耐性植物に聞け

卒論からポスドクまで8年間、篠崎先生の下でお世話になった後、母校である東京農業大学で職を得ることができました。東京農大の初代学長である横井時敬先生の言葉、「稲のことは稲に聞け、農業のことは農民に聞け」にあやかり、「耐性のことは耐性植物に聞け」をスローガンに、植物のストレス耐性の研究に取り組むことにしました。中でも、シロイヌナズナ野生系統間に見られる生育地域ごとの耐塩性の多様性を研究の柱にしたのですが、土植えの試験系はスペースを要するため、コンパクトな寒天培地の試験系に切り替えることから検討を始めました。ところが、土植えの試験系で見られた驚くほどの耐性の違いが寒天培地ではなかなか再現できませんでした。

私達がこだわったのは「植物体としての耐性を調べられる」試験系の開発でした。一般に行われる発芽試験は簡便ですが、植物体としての耐性とは異なる結果になることがあるのです。試行錯誤の末,最終的に私達がたどり着いたのが、寒天培地に滅菌したナイロンメッシュを張り、その上に播種して植物を育て、その後に別の培地へメッシュごと移植するという系でした。このユニークな系は今でも私達の研究を独自なものにしてくれています。特殊な分析機器を持っている強みだけではなく、「試験系がユニークである」ことも強みになるのです。

ナイロンメッシュを用いた植物体の移植

環境耐性に関わる遺伝子の発見

この独自の系を使っていろいろ調べた結果、土植えで耐塩性を示すシロイヌナズナ野生系統は、生育に影響を与えない程度の穏やかな塩ストレスを一定期間経験すると、その後に極めて高い浸透圧(水分欠乏)耐性を示す「塩馴化後浸透圧耐性」に優れていることを発見しました。植物は徐々に水不足が進行して土中の塩濃度が上がっていくのを感知すると、いよいよ水が吸えない状況に陥ることを予測して準備しているようなのです。

2010年頃から次世代シーケンサーが身近になり始めると、2012年にはシロイヌナズナで表現型と遺伝子多型(SNPs)の相関をゲノム全体で調べるGWAS解析が発表され、集団遺伝学という新しい分野が登場しました。そこで、200のシロイヌナズナ野生系統の塩馴化後浸透圧耐性を調べてGWAS解析に供したところ,ACQOSと命名した遺伝子座のみに有意な相関が検出されたことから、世界各地のシロイヌナズナ野生系統間で見られる塩馴化後浸透圧耐性の違いは、たった1つの遺伝子座で説明できることが分かりました。

200のシロイヌナズナ野生系統を用いた塩馴化後浸透圧耐性試験。写真は12系統分のシロイヌナズナ(横2列、縦4列の8個体が1系統)を耐性評価したプレート。

留学先での偶然の出会い

日本学術振興会の留学プログラムに採択され、ドイツのマックスプランク研究所、Maarten Koornneefという遺伝学のレジェンドが主宰するラボに1年間留学しました。留学前に計画した研究はうまく行かなかったのですが、留学中にACQOS遺伝子の正体が明らかになりました。予想外なことに、ACQOS遺伝子は免疫センサーをコードする遺伝子であり、塩馴化後浸透圧耐性を示さない、つまり浸透圧ストレスに弱いシロイヌナズナ野生系統のみがACQOS遺伝子を有していることが分かりました。寒天培地の無菌的な試験系で浸透圧応答の研究をしているのに、なぜ病害応答の遺伝子なのか不思議でした。

ただこれが奇跡なのか運命なのか、隣の席のポスドクはACQOSのホモログ遺伝子を使って素晴らしい業績を重ねていました。さらに隣の部門は免疫応答のグループで免疫応答に関する様々な変異株を持っていましたし、そのグループには西條雄介さん(現・奈良先端大)もチームリーダーとして在籍していました。ACQOSの研究を進めるためにこの場所を留学先に選んだのでは?と思いたくなるほどの幸運に恵まれました。

彼らに助言を頂きながら留学先で免疫応答関連遺伝子の変異株を調べてみると、ACQOSを有しているシロイヌナズナでも免疫応答を止めれば浸透圧耐性を示すことが分かりました。つまりACQOS遺伝子は浸透圧ストレスに応じて免疫応答を促す因子であり、厳しい浸透圧ストレス下では免疫応答を過剰に促すために死に至ることが分かりました。ACQOS遺伝子を持てば病気に強くなる反面、水不足に弱くなり、ACQOSを持たなければ水不足に強い一方、病気に弱い。ACQOSは諸刃の剣だったわけです。ACQOSを有するシロイヌナズナが10%程度で、ACQOSを持たないシロイヌナズナが90%でした。シロイヌナズナはその環境に応じてどちらの刃を持つのか選択したのかもしれません。

免疫応答が停止した変異株の浸透圧耐性試験(留学先のドイツにて)。ACQOS遺伝子を有するために浸透圧感受性を示すシロイヌナズナ野生Col株(左2列)、Col株の中で免疫応答を停止させたeds1-1変異株(中央2列)、ACQOS遺伝子を持たないために浸透圧耐性を示すシロイヌナズナ野生系統のBu-5(右2列)。ACQOS遺伝子を有するCol-0でも免疫応答を止めると浸透圧耐性を示したことから、ACQOS遺伝子は浸透圧ストレス下で免疫応答を亢進させるため、浸透圧耐性を損なうことが分かった。

様々な環境ストレス耐性機構の解明へ向けて

世界各地のシロイヌナズナ野生系統間には、高温や塩ストレス耐性にも驚くほど大きな多様性が見られるため、その研究にも取り組んでいます。面白いことに、多様性を紐解いて行くと塩馴化後浸透圧耐性のような未発見の耐性機構に出会うことがしばしばあります。多様性を決定する遺伝子はその耐性機構に関わる重要な因子に違いありませんが、その耐性機構に関与する遺伝子群を見つけるには、その耐性を欠損する、あるいは逆に耐性を獲得する変異株の探索が有効です。私自身は修士の1年半を費やしても目的変異株を見つけられませんでしたが、ユニークで優れた実験系なら労せず見つけることができます。今では学生さん達が20年越しに私のリベンジをしてくれています。

シロイヌナズナ野生系統間に見られるストレス耐性の違い。左が高温耐性、右が浸透圧耐性。プレートに「耐」の字が浮かび上がっている。シロイヌナズナ野生系統間には驚くほどの多様性が認められる。

研究者は夢見て飯を食べる

「耐性のことは耐性植物に聞け」というスローガンで多様性の研究を進めてきましたが、弱いって何?ではなく強いって何?、つまり耐性植物が耐性になるための農業生産上有用な遺伝子をこれからも同定していきたいと思っています。高校生の時に夢見た、地球規模の環境・食糧問題を解決する一助となるような成果を出したいですね。

研究者は夢見て飯を食べる希有な職業です。特にポジションを得てからの自由度は驚くほどです。尊敬する先生が「研究者は個人事業主だ」とおっしゃっていましたが、正にその通りです。人材のリクルートは授業や出張講義、人材育成は学生指導、営業は学会発表や共同研究の交渉、商品開発・生産が研究・論文作成、経理財務は予算申請でしょうか。あらゆる能力が試されます。また植物が環境に適応するように、人(研究者)も与えられた環境に適応します。私の場合、東京世田谷という圃場もなく、ラボスペースも限られていたのでシロイヌナズナや寒天培地を選択しましたし、私立大学なのでマンパワーを活かした研究を展開しましたが、環境が違えばまた別の戦略を採っていたと思います。ハードワークが大前提ですが、十人十色の戦い方があると思います。こんなに楽しい仕事はありません。毎日の積み重ねが高みに到達する唯一の道だと思います。今日この一日に集中し、学生と共に全力でチャレンジしたいと思っています。

この記事について

構成協力/撮影 松林 嘉克

太治 輝昭 プロフィール:
1997年 東京農業大学農学部卒業。筑波大学生物科学研究科にて博士(理学)の学位を取得。理化学研究所基礎科学特別研究員、東京農業大学応用生物科学部助手、助教、准教授、マックスプランク研究所研究員を経て、2016年より現職。