INTERVIEW顕微鏡で解き明かす細胞極性の謎 ―細胞に上下ができるしくみ―

東北大学 理学部 生物学科 教授

植田 美那子

2022.9.3

植物は1粒の種子から根や葉など、さまざまな「かたち」をつくりだすが、それらの細胞の起源をたどると、花のめしべの中で受粉後につくられる受精卵にまで遡ることができる。では、たった一つの細胞である受精卵から、いったいどうやって植物のかたちができあがるのだろうか?元々は向きのない細胞から生み出される上下左右の方向性は細胞極性と呼ばれ、生物学に残された根源的な謎のひとつである。植田美那子教授の研究グループでは、細胞を生きたまま顕微鏡で観察するライブイメージングという手法を駆使して、受精卵の内部で起こるダイナミックな変化が根や葉のできる方向を決め、複雑なかたち作りの原点になっていることを解き明かしてきた。現在の研究に行きつくまでの道のりや、これからの展望について聞いてみた。

幼い頃から研究は憧れだった

子供の頃から空き地や畑を駆け回って遊んでいたので、自然に植物への興味を持っていました。幼稚園の頃の夢は、「まずお花屋さんになってお金を稼いで、そのお金でいろんな研究をする」というもので、この頃から「お金にならなくてもいいから研究をしたい」という理学的な指向があったのかもしれません。ただ、生物学をやると決めていたわけではなく、高校では物理・化学選択で、大学でも、入学当初には分野を決めない学部だったので、天文学や電磁気学など、とりとめなく勉強していました。大学一年生のときに同学年の友人達と勉強会を始めたのですが、みんな生物好きだったので、一緒に論文を読んだり動物園に行ったりしているうちに、生物学にどっぷりはまっていった気がします。研究者になったメンバーも多く、本当に貴重な出会いでした。

大学の卒業研究で植物と出会う

大学の卒業研究を始める頃には、自分は数学のような単純明快な論理やしくみが好きで、複雑でマクロな現象を考えるのは性に合ってないなと思っていました。上記の勉強会の面々は、生態調査のアルバイトや昆虫採集などでフィールドをバリバリ飛び回っており、純然たるインドア派の自分には「あれは無理やな」と悟りました。

それで動物や植物の「ミクロ」の研究室について調べたところ、いちばん面白いなと思ったのが、たまたま植物の研究室でした。シロイヌナズナを使って分子遺伝学という分野を牽引されてきた岡田清孝先生のお話を聞いて、「花や葉のかたちが異常になった変異体を見つけて、それを引き起こした原因の遺伝子を突き止める。その遺伝子のはたらきを調べれば、かたち作りのしくみが分かる」という方法が、宝探しのようで面白そうだなと。

そのまま岡田先生の研究室に入り、根が伸びるうちに徐々に太くなってしまう変異体に注目して、遺伝子の特定や解析をしました。研究がどんどん面白くなっていって、博士課程まで進むことになりましたね。いろいろ調べた結果、どうやらこの変異体では、タンパク質の分解に必要なプロテアソームという複合体がうまくはたらかなくなった結果、根の内部で細胞分裂の方向を揃えることができず、根が太くなることが分かりました。いま自分の目で見えている「根が太くなる」というかたちの変化の原因が、細胞のなかで起こる「タンパク質分解の失敗」という目に見えない変化なのだと分かったときの、不思議な感覚をいまでも覚えています。

根の輪切り(横断切片)を見ると、通常のシロイヌナズナ(左)に比べて、プロテアソームのはたらきが損なわれた変異体(右)では根が太くなっている。

止まらない探求心

根の研究は面白かったのですが、「複雑すぎて全容が分からん!」と悶々としていました。というのも、プロテアソームは植物の全身ではたらき、いろんなタンパク質を分解するので、どのタンパク質の分解が根の太さにつながるのか特定できなかったのです。それに、シロイヌナズナの根は単純なかたちをしているとはいえ、それでも数百・数千の細胞が互いに影響しながらはたらいているので、それぞれの細胞が根に果たす役割がはっきりイメージできませんでした。

研究が進むにつれて、単純明快な論理やしくみで理解したいという性分がまた出てきて、もっとシンプルな実験材料はないものかと考えるようになりました。そのうちに、植物の「全身」が1細胞しかない時期、つまり花のめしべの中で受粉後につくられる受精卵ならシンプルだよね、と思うようになったのです。

植物にはさまざまな種類があり、最終的なかたちも多様ですが、実は、「受精卵が上下に細胞分裂する」という特徴は、ほとんどの植物に共通しています。シロイヌナズナの場合、上側にできた細胞から花や葉がつくられ、下側の細胞から根ができます。ちょうど私が卒業後の研究先を探していた頃、ドイツのフライブルグ大学にあるThomas Laux先生の研究室で、受精卵と胚の下側だけではたらく遺伝子(WOX8)を見つけたという論文が出ました。そんな遺伝子はこれまで例がなく、「WOX8を手がかりにすれば、植物の上下をつくるしくみに迫ることができるのでは!?」と勝手に盛り上がり、さっそくLaux先生に連絡したところ、研究員として受け入れてもらえることになりました。

WOX8遺伝子がはたらいている細胞の核だけを黄色く光らせると、どの時期の胚でも下側だけが光る。

どうやって細胞の上下が決まるのか

調べてみると予想外なことが続々と明らかになって、驚きの連続でした。例えば、父親がつくる花粉の中にある精細胞と、母親がつくる卵細胞が雌しべの中で融合することで、受精卵という、子供の元となる細胞ができるのですが、精細胞と卵細胞がそれぞれ細胞内に持っていた因子が、受精卵の中で出会うことで、WOX8遺伝子がはたらき始めることが分かりました。父母の因子がつくられない変異体を調べると、受精卵の時点で上下が異常になっていました。受精卵は本来、上下に細長く伸びてから非対称に細胞分裂し、小さな上側細胞と大きな下側細胞を生み出しますが、これらの変異体では、受精卵が短いまま対称に分裂したのです。つまり、父母の因子が協力してWOX8遺伝子をはたらかせ、受精卵に上下の偏り、つまり細胞極性をつくることで適切なかたち作りが始まることが分かりました。

通常のシロイヌナズナ(一番左)では、受精卵の分裂によって上下に違う大きさの細胞ができるが、父母の因子をつくれなくすると、その度合いに応じて上下の細胞のサイズの差がなくなっていく(右)。

受精する前の精細胞や卵細胞がウッカリかたち作りを始めないように、両者の因子が揃って初めてゴーサインが出るというのは、非常に理にかなった戦略だと思います。こんな精巧なしくみが、よくぞ進化してきたものだなと、惚れ惚れしました。

生きた細胞の中を視る

フライブルグ大で研究を進めるうちに、かたち作りの出発点をもっと理解するために、細胞分裂の結果を見るだけではなく、分裂前の受精卵に細胞極性がつくられるしくみ、つまり、細胞のなかで、いつ・何が・どこに・どう偏るのかを調べてみたくなってきました。そこで、生きた細胞の内部の変化をリアルタイムで追跡する「ライブイメージング」に取り組みました。名古屋大学の東山哲也先生(現・東京大)の元で顕微観察技術を学んだほか、奈良先端大の梅田正明先生の研究室で、細胞内で刻々と変化する事象の可視化ツールを開発するなど、さまざまな手法を習得し、念願の受精卵のライブイメージングに成功しました。

百聞は一見に如かず

細胞内には核や液胞、アクチン繊維といったさまざまな構造物があります。これらは一定のパターンで配置していますが、精細胞と卵細胞が受精すると、それがガラッと崩れることがライブイメージングで見えてきました。そこから数時間をかけて、受精卵は徐々に独自のパターンの細胞極性をつくった結果、非対称に細胞分裂するのです。受精によってダイナミックな「破壊と再生」が起こるわけですね。

種子の内部で細胞分裂する受精卵。アクチン繊維を緑で、核をマゼンタで光らせてある。

例えば、液胞がちゃんと動けないと、かたち作りに失敗することが分かりました。液胞は、細胞内の水の貯蔵庫として知られています。これまで、ダイナミックに動くというイメージはなかったのですが、受精卵の内部では柔軟に変形しながら下方に移動することを発見しました。そこで、液胞の移動を阻害すると、受精卵の上下がうまく決まらず、かたち作りにも失敗してしまい、つくる葉の数を間違えるなどの異常が現れました。つまり、受精卵という、横幅が100分の1ミリメートルしかない小さな細胞のなかで、液胞が下にあるという微細な細胞極性が、最終的に植物全体のかたちを左右することが判明したのです。まさに「百聞は一見に如かず」で、受精卵の内部は見れば見るほどダイナミックで、しかも精緻にコントロールされていることに驚かされました。

研究は宝探し

液胞の予想外の役割や、父母の因子が協力してかたち作りを始めることなど、調べて初めて気付く点が多いのが研究の面白さですね。でもよく考えると非常に理にかなっている点も、「確かに、こういうしくみがあった方が良いよなぁ」と思えて、植物、というか自然の巧みさが分かるようで楽しいです。ただ、なにぶんすべて手探りなので、予想していた結果とまったく違ったり、準備していた方法が使えなかったりすることも多く、その点は大変ですね。そういうときも、新しい方法を模索したり、他の研究者に相談したりするなど、何だかんだ楽しいですが。最初は変異体の解析のことを宝探しだと思っていましたが、いまは研究自体が宝探しなのだと感じています。

今後は、液胞やアクチン繊維のような構造物だけでなく、細胞分裂を制御する因子の活性など、目に見えない分子のはたらきも詳細に見ようと思っています。また、この精巧な細胞極性を作る過程に数学的な法則性があるのかや、身の回りにあるさまざまな植物の受精卵でも、同じような変化が起こっているかも調べてみたいですね。

この記事について

構成協力 松本 光梨 / 撮影 松林 嘉克

植田 美那子 プロフィール:
2000年 京都大学理学部卒業、京都大学大学院理学研究科にて博士(理学)の学位を取得。フライブルグ大学および名古屋大学での研究員、奈良先端科学技術大学院大学助教、名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所特任講師を経て、2020年より現職。