生物は概日時計と呼ばれる概ね1日周期の生物リズムを利用して、地球の自転に伴う環境の周期的な変化に適応している。この概日時計は生物が自然環境下で生存するための鍵であり、必要な応答を予測することで、環境への適応度を大きく向上させている。動き回らず一見静的に見える植物でも概日時計は働いており、自然環境の中からリズムを計測し、その変動を常に予測しながら巧みに適応している。遠藤教授のグループでは、その概日時計がいつ・どこで機能しているかについて独自の視点から研究を展開してきた。植物が持つ概日時計とそれを研究する魅力について、遠藤教授に聞いた。
なりゆきで始めた研究にハマった
私が高校生の時には「石油はあと20年で枯渇する」とまことしやかに言われていました。人工的に光合成ができれば、きっとこうした問題も解決するだろうと考え、大学に入学した頃は私は光合成研究をしたいと思っていました。しかし当時は光合成そのものを研究している研究室が身近になかったので、それっぽい光応答をなりゆきで研究することにしました。光合成と光応答が似て非なるものに気づいたのは研究室配属後でしたが、同時に非常に楽しい学問分野であることにも気づきました。
私たちの生きる地球の環境は一定ではありません。暑い日もあれば寒い日もあり、明るい時間もあれば暗い時間もある…というように、とりまく環境は絶えず変化しています。動けない植物にとっては、こうした変化に応答することは特に大切で、環境の変化に順応できないと枯れてしまいます。そのため、植物はちょっとした変化に対しても鋭敏に応答することができる高い環境適応能力を持っています。
環境の変化には二種類あります。「予測できる」変化と「予測できない」変化です。たとえば3日後の天気は予測できませんが、来年の今頃は同じような気候であると予測できます。私は大学院生の間はずっと「予測できない」変化である、他の植物の日陰に入ってしまうことに対する植物の応答を研究してきました。しかし、植物の環境変動予測に関わる概日時計の研究はその当時それほど盛んではなく、もっと詳しく知りたいと考えたことがこの研究分野に入るきっかけです。
当時の指導教官だった長谷あきら先生が若い頃に一緒に研究していたSteve Kay博士がいるカリフォリニア州立大学サンディエゴ校に留学し研究を開始しました。
概日時計とは何か
一般には、「体内時計」あるいはもう少しだけ専門的に「生物時計」といった方が分かりやすいかもしれません。私たちを含めて、ほとんどの生物の中には時間を測るしくみが存在しています。そのなかでもっとも有名なものが概ね1日の時間を測ることができる概日時計です。
もっと長い時間を計る時計もあります。1年に1回の冬眠や蛹になるタイミングを測っている「概年時計」や、サンゴの産卵のように月の満ち欠けを測っている「概月時計」、潮の満ち引きを測っている「概潮汐時計」など、いろいろな長さの時間を測ることができるしくみが生物には備わっていることが知られています。しかし、概日時計以外については分子的なしくみは全く分かっていません。
私が留学した2007年頃には、概日時計に関わるほとんどの主要な時計遺伝子が同定された後で、楽しい時は過ぎたと理解されていた状況でした。私たち研究者は問題を分割してひとつずつ理解しようとします。たとえば、自動車が動くしくみを理解するためには、エンジンや本体といったパーツごとに分け、それぞれを理解しようとします。エンジンはまだ複雑なのでさらにシリンダーやネジに分解して…と要素に分けていきます。概日時計でいえば、時計遺伝子がどんな遺伝子を制御しているのか、どんなタンパク質なのかについては理解が進んでいた一方で、それらがどう組み合わさって時間を測っているのかや、植物がどこでどのように時間を測っているか、という時計のシステムそのものの理解について十分ではありませんでした。
体のあちこちに時計がある
概日時計を構成している遺伝子はたくさんありますが、それらは互いに互いの遺伝子発現を促進・抑制していることが知られています。ある遺伝子Aの発現が上がってくると、別の遺伝子Bの発現が抑制されて、遺伝子Bが抑制されると遺伝子Aの転写も抑制されて…のようにお互いの発現を制御するために振動が生まれる、というわけです。
ここで、特定の遺伝子の発現量をすごく増やすと、こうした絶妙なバランスの上に成り立っているループは崩壊し、時計の機能が喪失するという現象が知られています。私たちは、これを利用して特定の組織だけに時計遺伝子を過剰に発現させることで、特定の組織における時計の機能を壊した遺伝子組換え植物を作るという手法を新しく開発し、それを利用してどこで時間を測っているかを明らかにしようとしてきました。
できた植物を解析してみると、これらの植物の多くは何もしない場合と見た目はほとんど変わりませんでしたが、面白いことに、栄養を運ぶ維管束で時計の機能を壊した場合には季節を感じることができなくなり、花が咲く季節の環境で育てても花がなかなか咲かなくなりました。また、植物の表面にある表皮細胞の時計の機能を壊した場合には、温度を正しく測ることができなくなって植物が「暑がり」になりました。こうしたことから、植物はいろいろな場所でいろいろな情報を使って時間を計っていることが分かってきました。
発見が生み出す新たな疑問
しかし、そうなると別の疑問が出てきます。すなわち、植物の器官や組織がどのように連絡を取りあっているのか?という疑問です。それぞれの器官・組織で独立して時間を測っているのであれば、右の葉の時計が3時を指し、左の葉の時計が5時を指しているというような状況も生まれてしまいます。そうしたとき、植物としては何時だと考えているのでしょうか?植物が協調的な環境応答を実現するためには、時間の情報を共有するしくみが必要です。実際、ある時計タンパク質やショ糖などは時間情報の伝達に関わっていると考えられています。
しかし、何がどのように時間の情報を伝えているかはまだほとんどわかっていません。接ぎ木や組織特異的なリズム計測などを駆使することで、時間の情報がどこからどこへ伝えられているかを明らかにできそうです。地上部から根、根から地上部へと積極的に時間情報を伝えて相互にコミュニケーションをとっていることが明らかになりつつあります。
時間生物学の魅力
時間や季節の流れは目に見えませんが、確かにそこにあり、それこそが生物にとって重要であるということを考えるたびに、金子みすゞの「星とたんぽぽ」という詩を思い出します。
青いお空のそこふかく、
海の小石のそのように、
夜がくるまでしずんでる、
昼のお星はめにみえぬ。
見えぬけれどもあるんだよ、
見えぬものでもあるんだよ。
時間生物学は、見えない時間を生物がどう感じ、どのように活用しているかについての理解をさらに深めることで、生物の巧みなしくみを理解することができる学問です。
植物は私たちの身近にある生き物ですが、動かない植物のなかでどのように時間が活用され環境変動に応答しているかは、なかなか見えにくいものです。研究者の魅力はそうした見えにくいものを見ようとし、それが見えた時に仲間と喜びを分かち合えるところにあると思います。植物の中にもわたしの中にも流れている時間を学問するってなんだか素敵だと思いませんか?
現在の概日時計の研究がすぐに世の中の役に立つことはありませんが、花が咲くタイミングの調節や農作物の栽培域の拡大などと無関係ではありません。私たちも概日時計の発現量を制御することで花が咲くのを遅らせる薬を発見しています(なんと水虫薬でした)。この先の展開としてそうしたところも見据えつつ、着実に研究できればと考えています。
構成協力/撮影 松林 嘉克
遠藤 求 プロフィール:
2002年 京都大学理学部卒業。京都大学大学院理学研究科にて博士(理学)の学位を取得。カリフォリニア州立大学サンディエゴ校研究員、京都大学生命科学研究科助教、准教授を経て、2018年より現職。