概日時計は体内時計とも呼ばれ、1日の時間を測りとるために植物を含む地球上の多くの生命に遺伝的に組み込まれているしくみである。概日時計のはたらきによって、植物はやがてやってくる朝や夜を予期し、時間通りに応答することができる。また植物が特定の季節で花を咲かせるのは、概日時計によって昼と夜の時間を測っているからである。季節に依存した花成を理解し、それを制御することは、農業的にも重要な技術になるだろう。中道範人教授のグループは、植物の概日時計のしくみやはたらきについて独自のアイデアで解き明かし、時計の意義についても新たな視点を提唱してきた。これまでの研究の経緯や、「植物の時計の魅力」について聞いてみた。
生き物らしさとは何か
中学や高校の授業で、生き物という日常にありふれた存在が、非生物と比較すると、自発的に秩序だった形をつくって成長・増殖するなど、とてもミステリアスな性質を持つことに興味を持ち、生き物が生き物として成り立っている理由が知りたくなりました。生物をより深く知ることができそうな農学部に進学して、無機・有機化学から発酵学など生物の産業応用の場面まで幅広く学んだのですが、やがて研究室に配属されたら生物の根幹である遺伝子の研究をしたいと思うようになりました。当時は、「ゲノム」といういわば生命の設計図がいくつかの生物で分かりつつあった時代でしたが、この設計図をフルに使えそうな水野猛先生の研究室に入ることにしました。
最初は、遺伝子の情報と機能から、あらゆる生き物らしさが一義的に説明できる時代がすぐそこにあるのだと思っていましたが、実際に研究室に入って専門的な勉強を始めると、ゲノムという設計図の情報があっても生き物らしさを理解することはそれほど簡単なことではないことを知りました。研究室では、大腸菌・酵母・植物を材料にして環境応答の研究が幅広く展開されており、その研究のためにゲノム情報が利用されていましたが、個々の遺伝子の機能から理解できることは限られており、むしろ複数の遺伝子群が複雑に絡み合って奏でる調和こそが「生き物らしさ」を理解するための鍵だということを実感するようになりました。
概日時計の謎
そこで、数ある研究テーマの中から「酵母の細胞周期」や「植物の概日時計」といった周期的な秩序パターンの形成に関わる遺伝子の研究を選びました。生物を特徴づける「自発的な秩序の謎」の理解を目指して、その一例の「自発的な時間形成」の謎に挑戦したのです。概日時計とは、ほぼ24時間の生体内リズムのことで、生物が地球の明暗周期に適応するための基本的なしくみですが、光や温度変化のない条件でも生体内周期は維持されるので、生物は体内に時計機構をもっていると考えられていました。オジギソウの就眠運動などは、みなさんも知っていると思います。
植物の培養細胞の概日リズムの検出や、モデル植物であるシロイヌナズナの様々な遺伝子を人為的に破壊してみる手法で概日時計に関わる遺伝子の探索を進めました。植物には同じ機能をもった遺伝子が重複していくつもあることが珍しくないので、類似の遺伝子群に関しては、さまざまな組み合わせの多重変異体を何ヶ月もかけて作出して、解析する苦労がありました。
リズムの鍵遺伝子PRR
そのように作出した多く種類の変異体を、3日間にわたって3時間毎に手作業でサンプリングし、時計候補遺伝子の発現量を定量しました。体力と気力だけが必要な実験でしたね。ほとんどの変異体は概日リズムに影響を与えなかったのですが、幸運にも概日リズムが消失する変異体を見出すことができました。「遺伝子の発現パターンが概日リズムを示す遺伝子群は概日時計に関与しているのでは?」という仮説のもと研究を進めていたのですが、放射線実験室で、候補のひとつだったPRRと呼ばれる遺伝子群の多重変異体で概日リズムがなくなっているというデータを見た瞬間は忘れられない出来事でした。3つのPRR遺伝子を破壊した植物では、植物の概日リズムが完全に消えたのです。
しかし、その先の解析は容易ではありませんでした。PRR遺伝子の多重変異体で概日リズムがなくなることは明白だったのですが、その当時はPRR遺伝子の産物であるタンパク質の働きがよく分からなかったのです。変異体の解析だけをしていてもダメなのではないかという思いもしました。
同じ頃、植物のシロイヌナズナ以外にもいろいろなモデル生物(マウス、ハエ、カビ、シアノバクテリアなど)から時計遺伝子が次々と発見され、本当にエキサイティングな時代でした。興味深いことに、概日時計の性質は種を越えて共通なのですが、生物ごとに違う遺伝子を使っていることも分かってきました。
生物種によって異なる時計のしくみ
当時は、ハエの時計のしくみが最も分かっており、時間差をもった時計遺伝子の転写翻訳フィードバック制御が時計の振動体だと考えられていました。転写翻訳フィードバック制御とは、ある遺伝子から転写翻訳されてできたタンパク質が、回り回って自身の遺伝子の転写を抑えることです。そしてこのフィードバックの1回転が、自律的かつ約24時間周期であれば、時計振動体の源となりえます。その他の生物も、変異体での遺伝子発現の解析から、転写翻訳フィードバック制御が振動体だという説が主流でした。
ところが、ある国内学会で、名古屋大理学部の近藤孝男先生のグループから、転写が止まっている状態のシアノバクテリアに、タンパク質リン酸化のリズムがあるということが発表されました。さらに半年後には、近藤研から試験管内でタンパク質とATPのみで概日時計が動くという驚くべき論文が報告されました。先にも触れましたが、シアノバクテリアと植物では時計に必要とされる遺伝子は異なりますが、試験管内での時計の実証は、多くの生物種で提唱されていた遺伝子の転写翻訳フィードバック振動体説の再考を促すものでした。自分たちが扱っていたPRRタンパク質も植物の時計に必須なのですが、その生化学的な働きは未知でした。したがって、この課題の解決が、植物の時計のしくみを理解する上で重要だと感じました。
PRRタンパク質の生化学的機能の解明を見据えつつも、シアノバクテリアの時計タンパクの研究をしようと、近藤先生の研究室に学振研究員として入りました。しかし、生物材料と実験方法の両方を同時に変えたことに苦しみ、近藤研のメンバーが続々と素晴らしい発見をしているなか、成果は全く得られませんでした。しかし時計の生理学的な基礎や、数理的な時計の捉え方、発光イメージングの手法を勉強できたこと、さらにそれらに通じた研究者と知り合えたことは時計を研究するうえでこの上ない財産になりました。
転写抑制が生み出す周期
植物のPRRタンパク質の生化学的なはたらきをどうしても知りたくて、理化学研究所の植物科学研究センターの榊原均先生の研究室に移りました。榊原先生は植物ホルモンのサイトカイニンの専門家で、機能不明だったタンパク質の生化学的機能を決定し、そのことで新たなサイトカイニン合成経路の発見をされたばかりでした。世界を見渡しても機能未知タンパク質の生化学を行うのであれば、ここがベストだと感じました。理化学研究所には、他にも最先端の植物研究室が集まっていて、研究室の枠を超えた交流も容易にでき、幅広い植物の生命現象の基礎に触れ、かつ色々な実験技術を学べるところも非常にありがたかったです。
最初は試験管内でのPRRタンパク質の解析に挑戦しましたが上手くいかず、植物細胞内でのPRRタンパク質の解析に集中することにしました。突破口は、細胞内でPRRタンパク質を人工的に発現誘導すると、すぐに別の時計遺伝子CCA1とLHYの発現が減少することを見出したことでした。PRRタンパク質が制御する相手がついに分かったのです。さらに解析を行った結果、PRRタンパク質は、昼から夜半にかけての16時間にわたって、核の中でCCA1とLHYの転写を直接的に抑えるはたらきをしていることを突き止めました。この16時間の抑制が24時間周期の形成にとって重要な要素だったのです。
また、PRRタンパク質は時計遺伝子だけでなく、花成や細胞伸長や低温ストレス応答の鍵遺伝子の制御を担うことも分かりました。実際にprr変異体などは花成のタイミングが劇的に変わります。古くから時計は、多様な生理現象がはたらく時間帯をコントロールしていることが知られていましたが、これらの制御のメカニズムの一旦が分かった瞬間でした。
時計を狂わせる化合物
概日時計を含めた多くの植物の現象の解明において、変異体を使ったアプローチが威力を発揮してきました。でも植物には同じ機能をもった遺伝子が重複していくつもあることが珍しくないので、ひとつが欠けても残りで補ってしまうような機能重複する遺伝子を見つけ出すことは非常に難しいのです。
そこで、遺伝子機能の重複性を克服できる可能性を秘めた阻害剤の探索を軸とした研究に取り組むことにしました。同じはたらきをする類似タンパク質が複数存在していても、それらのすべてに結合して機能を阻害する化合物が見つかれば、重複性を克服できるのです。実際、そのような阻害化合物を見つけて重複遺伝子の機能を解明した成功例がいくつも知られています。
ちょうどそのタイミングで化学と生物学の融合研究を推進していたトランスフォーマティブ生命分子研究所に移ることになったので、そこで多サンプルのシロイヌナズナの概日リズムを自動で検出できる実験系を構築し、リズムの周期を変える化合物を探索しました。これまでに数万種類の化合物を試したのですが、その中に10個ほどの化合物がリズム周期を変化させることを見つけました。そのひとつにリズム周期を約4時間遅らせるPHA767491という興味深い化合物があるのですが、阻害している相手のタンパク質を調べたところ、CK1というタンパク質ファミリーを見出すことに成功しました。CK1ファミリーは、シロイヌナズナには13個もの機能重複する遺伝子があるので、変異体を使ったあらゆる解析をすり抜けていました。
CK1はその配列から他のタンパク質をリン酸化する酵素であることが予想されたのですが、解析の結果、その相手がPRRタンパク質であり、リン酸化により分解系に導いていることが分かりました。PHA767491を植物に処理すると時計遺伝子CCA1とLHYの発現量が低下します。このことはCK1がPRRを介してCCA1/LHY遺伝子の制御系に作用することを暗示しています。
これまで、それぞれの生物で進化的に起源の異なるタンパク質が時計を作り出してきたと考えられてきました。しかし、CK1はカビと動物の時計の調節にも関わるため、被子植物の時計へのCK1の関与は、真核生物での時計の成り立ちや進化にも再考を促すことになりました。
農業に貢献してきた時計遺伝子
少し前に、卒業した農学部で新たな研究室をスタートするチャンスをいただきました。そこで農学・実用の面でも、時計を捉え直しています。現在使われている主要穀物は、栽培化された地域とは気候や緯度が異なる地域でも栽培されていますが、これらの穀物も日長に応答して花芽をつくります。
例えば、コムギはメソポタミアが原産で、日長が長くなると花芽をつける植物で、夏の終わりから秋にかけて収穫されていました。しかし、日本では古くから早咲きの品種が使われており、梅雨に入る直前に収穫できていました。酷暑からくる食糧難に苦しんでいた20世紀前半のイタリアは、この早咲き品種を片親として使うことで、暑くなる前に収穫できる早咲きのヨーロッパコムギ品種を作っていました。この早咲きコムギは、イタリアだけでなく世界中へ広まり、1950-80年代にはロシアをはじめとした東ヨーロッパやアルゼンチンなどでコムギ収量を大幅に上げたことが知られています。
驚くべきことに、この早咲きの原因は、シロイヌナズナPRR遺伝子の相同遺伝子がコムギで恒常的に発現していたからでした。つまり時計関連遺伝子の変化が、早咲きの原因となり、これが栽培に短い期間しか使えない地域での収量の増加につながっていたのです。コムギだけでなく、オオムギ、イネ、ダイズなどでも時計遺伝子の突然変異が有用品種として選抜されて広まった経緯があります。私は、雑草であるシロイヌナズナの時計を研究していますが、すでに自分たちでも時計変異体を食べていたとは思いもよりませんでした。
植物科学は誰にでも発見のチャンスがある
植物の時計の研究を続けてきたのですが、幸いにも物理、化学、計算科学、情報解析、農学など多くの分野の人が興味を持ってくれ、共同研究を行う機会を得ました。私は、植物の時計の美しいサインカーブを生み出す「時間的秩序」の原理を知りたいのですが、その過程で他分野の専門家と共同研究することで、私自身も彼らの分野の研究に触れ、いろいろなアプローチの仕方を学びました。キーワードを共有しつつ、他分野の研究者とざっくばらんに話せるのが、植物の時計研究の魅力ではないでしょうか。
また、我々の食生活の中に、すでにコムギなどの時計の変異体が紛れ込んでいることも驚きでした。過去の育種家たちが気付かぬうちに時計変異体を選抜していたことに敬意を払いたいですし、現代の分子遺伝学者たちがその原因遺伝子を決定したことに歴史的なロマンを感じます。
植物科学は、自分たちで解析できる・評価できる、という植物を材料に使っていることも大きな魅力です。各個人のアイデアや見方や実験技術で、謎の多い植物時計のしくみの中にビックリするような大きな発見もできると思います。
構成協力 前田 明里・松林 嘉克 / 撮影 松林 嘉克
中道 範人 プロフィール:
2000年 名古屋大学農学部卒業。名古屋大学大学院生命農学研究科にて博士(農学)の学位を取得。 名古屋大学理学部研究員、理化学研究所研究員、名古屋大学高等研究員YLC特任助教、名古屋大トランスフォーマティブ生命分子研究所特任准教授を経て、2021年より現職。